目次

名人のいない夏

インフラ担当が、2か月の育休に入った。残ったのは、ホワイトボードの箱と、「消していいです」の付箋が1枚。

票番号07-002
報告者情シス
件名インフラ担当の育休のあいだの、台帳と土台の当番
状態当番中

FIRST名人の箱は、消していいことになっていた

「消していいです」
育休に入る前の日、名人はホワイトボードの端に、その付箋を1枚だけ留めていきました。

SCENE小さな靴下と、紙1枚の引き継ぎ

6月の最後の日に情シスの島で小さなお祝いをしたのは、チームで「名人」と呼んできたインフラ担当が、7月と8月の2か月、育休に入るからです。贈ったのは、手のひらに載るほどの靴下でした。箱からそれをつまみ上げたまま、名人はしばらく黙っていた。

席の横には、ホワイトボードがあります。何かを説明するとき、名人は必ず先にここへ箱を描く。サーバーの箱、アプリの箱、外の会社の箱を描いて、箱と箱を線でつないでから、ようやく口を開く人です。ボードには、そうして描かれた箱が、何か月分も重なって残っていました。

引き継ぎの打ち合わせでも、名人はいつものようにマーカーのキャップを外しました。ところが、ペン先はボードに触れる手前で止まった。しばらくそのままでいてから、キャップを戻し、机の上の紙を1枚、こちらへ滑らせてきました。

この夏に来るもの
1. 8月末 PC 60台のリースが切れる
2. クラウドの見張りと、提供者からの知らせ
3. 台帳の更新(変更カードを閉じるとき)

くわしくは、カードのとおり
図1 名人の引き継ぎ。3行と、「カードのとおり」。

「詳しいことは、カードに書いてあるとおりです」

困ったら連絡してもいいですか、と新しいリーダーは聞きました。

少し間があって、同じ言葉が返ってきました。「……カードに書いてあるとおりです」

帰り際、名人はホワイトボードの前にしばらく立っていました。消すのかと思ったら、消さなかった。マグネットで付箋を1枚留めて、席を立った。

エレベーターの前で、名人がひとことだけ言いました。「呼ばれないで済んだら、それがいちばんです」。言い終えてから、少し笑った。

去年の春、同じ人が「書いて誰でもできるようにしたら、自分がいる意味がなくなる気がしてた」と打ち明けています。自分にしか直せないことが居場所だったその人が、1年かけて、頭の中のものをカードと台帳に書き出してきた。笑ったのが、うれしかったからなのか、さびしかったからなのかは、分かりません。たぶん、両方です。

次の日、新しいリーダーはチームに1つだけ決まりを伝えました。

「名人には連絡しません。育休ですから」

4月にリーダーの席を継ぐまで、この人は窓口の電話を誰より早く取ってきた人です。困っている人を前にすると、先に手が出る。その手は、困ったら名人に聞く、のほうへも、きっと誰より早く伸びるだろう。決まりにしたのは、自分の手を止めるためでもありました。

育休は、チームにとってうれしい知らせであると同時に、ひとつの試験でもありました。去年1年かけて名人の頭の中にあったものをカードと台帳に移してきたけれど、本当に移っているのかは、名人のいない2か月でしか確かめられない。

夏のあいだ、インフラ担当の席には、中途で入ったメンバーが座ることになりました。4月に大手のSIerから移ってきた人で、かばんの中にはいつも、付箋だらけの分厚いITILの本が入っています。

育休の初日、窓口の電話が鳴りました。第一工場の設備の担当からで、最初の一言は「名人、いますか」。検査の機械につないだPCの調子がおかしい、いつもは名人に電話すれば済んでいた、と言います。

窓口には、名人あての電話がそれから1週間で6本来ました。どれも、窓口ができる前からの習慣です。電話のたびに番号を付けて受け、カードのある件はカードどおりに片付けた。カードのない件が、2本残りました。

1本は、第二工場の事務所のプリンターを止めて戻すときの順番で、名人が電話口で毎回説明していたものでした。新しいリーダーは、電話の向こうの事務の担当に1つずつ確かめながら手順を書き取り、その場でカードに起こしています。窓口でいちばん多く書いてきたのが、この種のカードです。もう1本の、検査の機械につないだPCの件は、すぐには片付きませんでした。

BEHIND名人の席は空いた。子は、その席に座った人の背中に乗った

うしろを見る

子は人ではなく、席につきます。名人が休んでも、インフラ担当の席の子はいなくならない。夏のあいだその席に座った人が、そのまま背負います。その席と、名人の仕事の先にあった2つの席のうしろを見ます。

子は人ではなく、席につく。言葉がきつくなるのは、うしろの子が何かを怖がっているとき。6体の紹介は地図に

情シス
インフラ担当の席(夏は中途のメンバー)

「本来は、全部の構成品目を台帳に入れるべきです」

くうらん懸念

怖いのは台帳に載っていない部品が、どこかで何かにつながったまま残っていること

本社
総務の担当者

「延ばすなら、今月中に言ってもらわないと」

あとでタイミング

怖いのは期限の直前に延長の話が来て、リース会社との手続きが間に合わないこと

営業所
北関東営業所の事務

「止まるなら、先に言ってほしいんです」

はつみみ初見

怖いのは取引先から聞かされて、はじめて自分の会社の何かが止まったと知ること

せきのこ ── 席のうしろの、小さな子たち

USE 1台帳の、つながりの欄だけが空いていた

育休に入って2週間ほどしたころ、クラウドの提供者のステータスページを開いたまま、中途のメンバーが手を止めました。使っているサービスのページを毎日のぞくのは、前の職場からの習慣だそうです。

「来週、データベースのサービスを1時間止めて更新する、と出ています。この知らせ、うちに来てましたか」

窓口には、来ていませんでした。調べると、提供者からの知らせは、名人の個人のメールアドレスに届く設定になっている。受け口の話は、あとで片付けることにしました。先に答えなければならない問いがあります。このデータベースが1時間止まったら、この会社の何が止まるのか。

去年の夏から変更カードを閉じるたびに直してきた台帳を開くと、持ち主の欄は全部埋まっていて、載っているものも、使う業務も書いてありました。空いていたのは「つながり」の欄でした。注文アプリまわりの行だけ、何から呼ばれ、何を呼ぶのかが、まとめて空いている。

名前つながり持ち主使う業務載っているもの最終更新
注文アプリ(クラウド)(空欄)インフラ担当取引先の注文注文の受付画面1月
注文DB(提供者のデータベース)(空欄)インフラ担当取引先の注文注文のデータ1月
連携のバッチ(空欄)インフラ担当受注・出荷指示注文の受け渡し2月
精算システム(クラウド)アカウント管理のサービスベンダー精算経費の精算5月
旧_予備FAXサービス → 営業所の共有フォルダインフラ担当FAXの注文FAXのPDF化4月
図2 台帳の抜粋。注文アプリまわりの3行だけ、つながりの欄が空いていた。持ち主はどれも、育休中の名人。

注文アプリを本番に入れたのは、この1月です。台帳に行を足したのは名人で、公開の前で急いでいたし、つながりは名人の頭の中に全部あった。書かなくても、困らなかった。名人がいるあいだは。

隣の席のメンバーが言いました。「名人に、一回だけ聞きませんか。たぶん5分で済みます」

新しいリーダーの手は、もう携帯のほうへ動きかけていました。5分で済む。名人も、たぶん嫌な顔はしない。

その手を引っこめて、新しいリーダーはホワイトボードの前に立ちました。「消していいです」の付箋をはがす。裏には、何も書いていなかった。左の端だけを消し、インクの薄くなったマーカーで四角を1つ描いて、中に「注文DB」と書きました。説明の前に、まず箱を描く。名人がいつもそうしていたのを、去年1年、隣の島から見てきました。

前のリーダーなら、こういうとき、最初から全体の図を頭の中に持っていたのかもしれません。自分には、それがない。だから、描きながら考えることにしました。名人のやり方なら、手が覚えています。

箱を描くと、問いの形が変わります。何がつながっていたかは、名人の記憶に聞くしかない。でも、この箱を呼んでいるのは誰か、なら、実物の設定を開けば分かる。注文アプリと連携のバッチの接続先の設定を、中途のメンバーが1つずつ開いて読み上げ、新しいリーダーがそのたびに箱を足して、線を引いていきました。

途中で、読み上げる声が止まりました。

「本来は、全部の構成品目を台帳に入れるべきです」

サーバーも、ネットワークの機器も、ライセンスも、この機会にそろえたい、と。言っていることは正しい。ただ、新しいリーダーの頭に浮かんでいたのは、去年の夏に共有フォルダの奥から出てきた、3年前の台帳でした。作った人がいなくなり、誰も直さなくなって、少しずつ嘘になっていった台帳です。全部を書けば、全部を直し続けなければならない。

「今週答えたいのは、注文DBを止めたら何が止まるか、だけです。そのために要るつながりだけ、書きましょう」

本を閉じて、中途のメンバーは黙って次の設定を開きました。

設定を全部読み終えたところで、もう1つ確かめたのは、注文DBの側から見て、誰が実際につないできているかでした。提供者の管理画面で接続の記録を開くと、注文アプリと連携のバッチのほかに、もう1本、見慣れない接続が残っていました。たどると、営業本部の共有フォルダにある、月末に注文を集計するマクロでした。去年、誰かが頼まれて作ったものらしい。

このマクロを名人が知っていたかどうかは、分かりません。ただ、5分の電話で聞いていたら、出てこなかったかもしれない1本です。実物は、記憶より正直でした。

実物から拾ったつながりを、地図に置いてみます。

使ってみる注文DBのつながりを、地図に置く

設定の読み上げと、接続の記録から拾った6つです。縦は、注文DBとのつながり方。横は、止まったら誰の目に触れるか。

項目を1つ選んでから、マスを押してください。

取引先の目に触れる
社内だけ
注文DBを直接使う
注文DBを使うものを通して使う
注文DBとはつながっていない

止まるのは上の2段。直接つながるものはすぐ止まり、間を通してつながるものは遅れる。FAXの注文と精算は止まらないので、お知らせに「そのあいだはFAXで」と書けました。

取引先のスマホ→注文アプリ⇄注文DB
注文DB→連携のバッチ→基幹システム
基幹システム→営業所の出荷予定の画面
注文DB→営業本部の集計マクロ接続の記録から見つかった1本
FAXの注文→旧_予備→営業所注文DBを通らない
精算システムつながっていない
名人の箱(右半分)工場のサーバー室非常用電源VPNバックアップ
図3 ホワイトボードの左の端に描いた箱。点線の箱は、提供者の持ち物。右半分には、名人の描いた箱がそのまま残っている。

答えが出るまで、40分でした。注文DBが止まる1時間、取引先はアプリから注文できず、連携のバッチと集計のマクロは待たされ、営業所の出荷予定の画面は古いままになる。FAXの注文と、精算と、工場のラベルは止まらない。営業本部には、メンテナンスの日だけ、集計を1日ずらしてもらうことにしました。

名人に聞けば5分だった問いに、40分かかったことになります。その35分のあいだに、台帳には4行のつながりが書き足され、名人の記憶にもなかったかもしれない1本が見つかりました。

北関東営業所の事務の人に電話をかけ、来週1時間、と言いかけたところで、向こうが先に口を開きました。

「止まるなら、先に言ってほしいんです」

去年の夏にFAXの注文が消えたときも、この1月に注文アプリを公開した日も、最初に知らせてきたのは取引先だった。何かが止まるという話は、いつも遅れて届くものだと思っている声でした。だから、いま先に言っています。そう答えると、電話の向こうで短い笑い声がしました。

ホワイトボードの写真を台帳のつながりの欄に写し、窓口から8つの営業所にお知らせを出しました。「来週、注文アプリが1時間止まります。そのあいだのご注文はFAXで受けられます」。メンテナンスの日、窓口に届いた問い合わせは0件。営業所の記録には、取引先からのFAXの注文が、いつもより12枚多く残っていました。

使ってみて分かったこと

台帳は、全部を書くほど頼れるものになるわけではありませんでした。使い道を「止めたら何が止まるか」に絞り、要るつながりだけを実物と照らして書けば、名人に聞かなくても答えは出る。書いた分は、信じられます。

ITIL›バリュー・システム›管理プラクティス›ITIL 4:サービス管理›サービス構成管理
No.25サービス構成管理Service configuration management

目的:サービスを作る部品(構成品目)と、そのつながりについて、正確な情報を必要なときに使えるようにする

使い道を決めた分だけ、つながりを書く

組織と人材organizations and people
  • 台帳の行ごとの持ち主(サーバーやサービスごとに1人。夏は当番が預かる)
  • つながりの欄を直す人:変更カードを閉じる担当
  • 実物と照らす人:持ち主と当番で、設定を開いて確かめる
情報と技術information and technology
  • 台帳(構成品目・載っているもの・つながり・持ち主・最終更新日)
  • サービスごとのつながりの図(ホワイトボードの写真から写す)
  • 変更カード(閉じるときに、台帳の行も直す)
パートナーとサプライヤーpartners and suppliers
  • クラウドの提供者:サービスの構成が変わるときに知らせてくる
  • 注文アプリのベンダー:接続先を変えたら、台帳の行を一緒に直す
バリューストリームとプロセスvalue streams and processes
  1. 使い道を決める
  2. つながりを書く
  3. 実物と照らす
  4. 変更のたびに直す
  5. 使って答える
使えている目印
  • 「これを止めたら何が止まるか」に、台帳を見て数分で答えられる
  • 変更が終わるたびに台帳が直され、最終更新日が変更の日付とそろっている
図4 サービス構成管理の解剖図。目的のまわりに、ITILが各プラクティスの手引きで使う4つの側面を置き、この会社の具体を書き込んだ。

1年目では 第4話 で出会ったしくみ。

USE 2リースの期限は台帳にあった。動く日が、なかった

紙の1行目は、8月末に60台のPCのリースが切れる、でした。

IT資産の台帳を開くと、去年、持ち主を書く決まりを作ってから名人がこつこつ埋めてきた欄に、60台ぶんの持ち主とリースの期限が、全部入っていました。けれど、新しいPCをいつ頼むかは、どこにも書いていない。

7月の終わりに販売店へ見積もりを頼むと、こう返ってきました。「いまの納期は8週間です。初期設定まで入れると、お届けは10月の頭になります」

リースが切れるのは、8月末。1か月足りません。

去年の記録を探すと、窓口の記録に名人の依頼が残っていました。日付は6月の頭。期限の3か月前です。その「3か月前」は名人の頭の中にあって、台帳にもカードにも書かれていなかった。

リース会社との窓口を預かっている総務の担当者に相談すると、最初に返ってきたのは日付の話でした。

「延ばすなら、今月中に言ってもらわないと」

去年までは、6月になると名人のほうから総務の席へ来て、今年はこれだけ返します、と言っていたそうです。総務の担当者もそれを待っていればよかったので、その3か月は、総務の予定表にも書かれていなかったわけです。

60台の一覧を構成の台帳と並べて見たのは中途のメンバーで、59台は本社と営業所の事務のPCでした。残る1台だけ、つながりの欄に「第一工場 検査の機械」と書いてある。育休の初日に「名人、いますか」と電話してきた設備の担当が、毎日使っているPCでした。

検査の機械を動かすソフトはそのPCにしか入っていないので、ほかの59台と同じ日に新しいPCと入れ替えれば、検査が止まる。この1台は、ほかと切り離して、機械のメーカーと入れ替えの段取りを組むことにしました。資産の台帳だけを見ていたら、59台と同じ箱で返していたはずの1台です。

段取りの相談に第一工場へ行くと、そのPCの画面の縁に、黄ばんだテープが貼ってありました。手書きで「さわる前に名人へ」。設備の担当は、少し気まずそうに笑いました。新しいリーダーはテープの上から新しいラベルを貼った。「このPCのことは窓口へ。台帳の番号は」と書いて、その下に番号を添えて。設備の担当は、新しいラベルを指でなぞってから、「名人が戻ってきたら、見せます」と言いました。

使ってみるリースのPCの一生を並べる

1台のPCが、この会社に来てから出ていくまで。名人の頭の中にあった順番を、台帳の言葉で並べ直します。

先にやるものから順に押してください。

一生の中で、決める日がいちばん忘れられやすい。持ち主と期限は台帳に書いてあっても、「いつ決めるか」は名人の頭の中にだけありました。

2か月の延長は総務の担当者が月内にリース会社と話をつけてくれて、新しいPCは10月の頭から届いた順に入れ替え、古いPCはデータを消した証明と一緒に返すことになりました。

管理本部には、なぜ延ばすのか、延ばすといくらかかるのか、返した場合と買い取った場合はどうなるのかを、1枚に並べて出しました。返事は1日で来た。「延長料で済むなら、それで」。比べる材料が1枚にそろっていると、お金を預かる席の判断は速くなります。

そのあとで、台帳に列を1つ足しています。「次の一手を決める日」。リースの期限の3か月前の日付で、その日が来ると窓口に知らせが出る。そうして、名人の頭の中にあった3か月が、台帳の1列になりました。

使ってみて分かったこと

資産の台帳は、持ち主と期限が埋まっているだけでは足りませんでした。一生のどこで何を決めるか、その日付が入ってはじめて、名人のいない年にも次の一手が打てます。

ITIL›バリュー・システム›管理プラクティス›ITIL 4:サービス管理›IT資産管理
No.20IT資産管理IT asset management

目的:IT資産の一生(調達から廃棄まで)を管理し、価値・コスト・リスク・契約の遵守を支える

期限の3か月前に、次の一手を決める

組織と人材organizations and people
  • 資産台帳の持ち主:情シス(夏のあいだは当番が預かる)
  • 契約の窓口:総務の担当者(リース会社とのやりとり)
  • 費用の判断:管理本部(延長や買い取りの費用)
情報と技術information and technology
  • IT資産台帳(持ち主・リースの期限・費用・状態・次の一手を決める日)
  • リースの契約書と、データを消した証明
  • 期限の3か月前に窓口へ出る知らせ
パートナーとサプライヤーpartners and suppliers
  • リース会社:延長・返却・データ消去の証明
  • PCの販売店:新しいPCの納期と初期設定
バリューストリームとプロセスvalue streams and processes
  1. 調達する
  2. 台帳に載せる
  3. 使う
  4. 渡し直す
  5. 引退を決める
  6. 消して返す
使えている目印
  • 持ち主の書かれていない資産の数が、月ごとに減っている
  • リースの期限の3か月前に、返す・延ばす・買い取るが決まっている
図5 IT資産管理の解剖図。目的のまわりに、ITILが各プラクティスの手引きで使う4つの側面を置き、この会社の具体を書き込んだ。

1年目では 第4話 で出会ったしくみ。

USE 3提供者の知らせを、名人の受信箱から窓口へ

メンテナンスが済んでから、後回しにしていた受け口の話に戻りました。

こういう調べものになると、中途のメンバーは速い。社内のサーバー、クラウドの土台、SaaSの契約を1枚に並べ、提供者ごとに、知らせがどこへ届いているかを確かめてきました。11ある提供者のうち4つの知らせが、名人の個人のアドレスに届いていた。登録したのは、名人自身です。契約したころの提供者の画面には、連絡先を1つしか入れる欄がなく、誰かが受けなければならなかった。受けていたのが、名人でした。

「本来は、提供者の知らせを個人のアドレスで受けるべきではありません」

今度は、新しいリーダーも同じ考えでした。「4つの側面で言うと、外の会社の欄と人の欄が、名人の受信箱1つで重なっていたんですね」。受け口は窓口の共有のアドレスに付け替え、ステータスページをのぞく役目は、名人の習慣から当番の仕事に移す。止まったときに誰が直すのかも、提供者ごとに書いておく。直すのが提供者でも、利用者に知らせて仕事を切り替えるのは、この会社の側です。

窓口の壁には、当番表が1枚増えました。当番の日のいちばん最初に開くのは、11の提供者のうち、止まると業務に響く5つのステータスページだけ。初回の当番を引き受けた隣の席のメンバーは、5つのページを開き終えるまでに3分かかった、と言っていました。

土台の一覧を1行ずつ作っていったとき、いちばん上に置いたのは、メンテナンスで止まったばかりの注文DBの行です。

作ってみる土台の一覧の1行を作る

いちばん上の行は、7月に止まった注文DB。提供者のデータベースのサービスに、自社の注文アプリのデータを置いています。

土台の一覧 注文DB(クラウドのデータベースのサービス)
止まったら、誰が直すか

データベースのサービスそのものは、提供者が直す。止まっていることを営業所と取引先に知らせ、注文をFAXへ切り替えるのは、この会社の側の仕事。境目は、直す人と知らせる人に分けて書く。

提供者の知らせの受け口

個人のアドレスで受けると、その人が休んだ日に知らせが消える。受け口は窓口にして、見る役目は当番に付ける。

サービスの形

注文アプリは自社のアプリで、そのデータを提供者のデータベースの基盤に置いている。形によって、どこまでが提供者の持ち場かが変わる。

費用の書き方

土台ごとの費用を同じ一覧で説明できると、増えたときに何が増えたのかが分かる。

11の提供者のうち、この形で1行ずつ書けたのは9つ。残りの2つは、契約書を探すところから始めることになりました。

8月の終わりに、その一覧が試されました。

窓口の共有のアドレスに、提供者から1通の知らせが届きました。データベースのサービスで障害が起きている。復旧の見込みは、まだ分からない。

当番だった隣の席のメンバーが知らせを読み上げたのと同時に、窓口の電話が鳴りました。新しいリーダーの手が、誰より早く受話器に伸びる。北関東営業所の事務の人でした。「取引先から、注文アプリが開かないって」

ホワイトボードの左の端を見ながら、答えました。止まっているのは注文アプリと、集計のマクロと、営業所の出荷予定の画面。精算と工場のラベルは動いている。注文は、FAXで受けられる。受話器の向こうで、FAXの受信の音が鳴り始めていました。

受話器を置いたときには、窓口からもう、同じ文面のお知らせが8つの営業所に出ていました。つながりを書いたあの週に、用意しておいた文面です。

中途のメンバーは、提供者の画面で復旧の見込みを確かめては、窓口の記録に1行ずつ書き足していきました。そのあいだ、「本来は」とは一度も言わなかった。

障害は2時間で戻りました。そのあいだ、取引先から営業所への電話は何本か鳴った。けれど、営業所の担当者は取引先より先に知っていて、答える言葉も手元にありました。

戻ったことを知らせる電話の最後に、北関東営業所の事務の人が言いました。「今日は、取引先より先に言えました」

その週、中途のメンバーの本に、付箋が1枚増えていました。構成管理の章のページで、付箋には小さな字で「使い道から」とだけ書いてある。

8月の最後の日、新しいリーダーはホワイトボードの前に立ちました。左の端には自分の描いたいびつな箱が、右半分には名人の箱が残っている。消そうと思えば、消していいことになっている箱です。しばらく眺めてから、右半分には手を付けませんでした。はがしておいた「消していいです」の付箋は、申し送りノートの、今月のページに貼りました。

2か月のあいだに、名人あての電話は11本、窓口の番号付きの記録になりました。カードは3枚増え、台帳には列が1つと、つながりの書かれた行が4つ増えた。名人には、一度も連絡していません。

使ってみて分かったこと

外の会社の土台は、外の会社が直す。それでも、知らせを受けて、使う人に伝えるのはこちらの仕事でした。受け口を名人の受信箱から窓口へ移しただけで、名人のいない8月にも、営業所は取引先より先に知っていた。

ITIL›バリュー・システム›管理プラクティス›ITIL 4:技術管理›インフラストラクチャとプラットフォーム管理
No.33インフラストラクチャとプラットフォーム管理Infrastructure and platform management

目的:組織が使うインフラとプラットフォームを、外部の提供者の分も含めて監督する

外の会社の土台も、同じ1枚に載せる

組織と人材organizations and people
  • 土台の当番:社内のサーバーとクラウドを、交代で見る
  • 提供者との窓口:情シス(障害・変更・費用ごとに)
  • 利用者への知らせ:窓口から営業所と各部へ
情報と技術information and technology
  • 土台の一覧(社内・クラウド・SaaS。止まったら誰が直すか)
  • 責任の分担表(どこまで自社、どこから提供者)
  • 提供者のステータスページと、知らせの共有の受け口
パートナーとサプライヤーpartners and suppliers
  • クラウドの提供者:メンテナンスと障害の知らせ
  • 注文アプリのベンダー:アプリの側の切り替え
バリューストリームとプロセスvalue streams and processes
  1. 一覧に載せる
  2. 境目を決める
  3. 受け口を決める
  4. 知らせを見る
  5. 利用者に伝える
使えている目印
  • 外部サービスの障害を、利用者より先に提供者の知らせで知っている
  • 土台ごとの費用と責任の境目を、同じ一覧で説明できる
図6 インフラストラクチャとプラットフォーム管理の解剖図。目的のまわりに、ITILが各プラクティスの手引きで使う4つの側面を置き、この会社の具体を書き込んだ。

1年目では 第4話 で出会ったしくみ。

RELIEF8月の終わり、空いた席の子も落ち着いていた

しくみを置く

名人に一度も連絡しないまま、8月が終わりました。台帳のつながりの欄は埋まり、リースは延び、提供者の知らせは窓口に届いている。3つの席に置いたしくみを見ます。

インフラ担当の席(夏は中途のメンバー)のうしろのくうらん

怖がっていたこと台帳に載っていない部品が、どこかで何かにつながったまま残っていること

No.25|ITIL 4の分類:サービス管理
サービス構成管理
Service configuration management
目的
サービスを作る部品(構成品目)と、そのつながりについて、正確な情報を必要なときに使えるようにする
この話では
「注文DBを止めたら何が止まるか」に使い道を絞り、接続先の設定を1つずつ開いて、つながりの欄を実物と照らして埋めた
ほっとしたのは
使い道を決めた分だけ書き、書いた分は実物と照らす、という順番。全部ではないが、書いた欄は信じられる
総務の担当者のうしろのあとで

怖がっていたこと期限の直前に延長の話が来て、リース会社との手続きが間に合わないこと

No.20|ITIL 4の分類:サービス管理
IT資産管理
IT asset management
目的
IT資産の一生(調達から廃棄まで)を管理し、価値・コスト・リスク・契約の遵守を支える
この話では
60台の一生を台帳で追い、今年は2か月だけ延ばして、届いた順に入れ替えた。来年からは3か月前に決める
ほっとしたのは
期限の3か月前に「次の一手を決める日」が台帳に入り、その日に窓口から知らせが出ること
北関東営業所の事務のうしろのはつみみ

怖がっていたこと取引先から聞かされて、はじめて自分の会社の何かが止まったと知ること

No.33|ITIL 4の分類:技術管理
インフラストラクチャとプラットフォーム管理
Infrastructure and platform management
目的
組織が使うインフラとプラットフォームを、外部の提供者の分も含めて監督する
この話では
社内のサーバーとクラウドの土台を1枚に並べ、止まったら誰が直すか、知らせはどこに届くかを提供者ごとに書いた。受け口は窓口の共有のアドレスにした
ほっとしたのは
提供者の知らせが窓口に届き、取引先より先に、止まっているものとFAXへの切り替えが知らされること

部品のつながり、お金と一生、外の会社まで含めた土台。名人の頭の中で1つだったものが、3つのしくみに分かれて席に残りました。9月に名人が戻ってくる席にも、同じしくみが置いてあります。

番号と分類はITIL 4の並べ方です。ITIL 5の試験で押さえるのは「プラクティス=資源のまとまり」と2つのグループまで。

せきのこ ── 席のうしろの、小さな子たち

NOTE申し送りノート 7月の余白

引き継ぎ資料の、管理プラクティスの章。台帳のページの余白に、新しいリーダーは7月の分を書き足し、8月の終わりにもう数行を足しました。

7月
・台帳は、全部を書かない。使い道を決めて、その分だけ書く。書いた分は、実物と照らす。
・つながりの欄が空いていたのは、名人の頭の中で足りていたから。誰も困っていなかったから、空いていた。
・説明の前に、箱を描く。描くと、「誰に聞くか」が「どこを見るか」に変わる。
・期限の3か月前に、決める日を置く。名人の3か月は、台帳の1列になった。
8月の終わりに
・提供者の知らせは、窓口で受ける。直すのは向こうでも、知らせるのはこっち。
・2か月、名人に一度も連絡しなかった。回った。
・ホワイトボードの名人の箱は、右半分を残してある。

CHECK確かめる

Q1. 「注文DBを止めたら何が止まるか」に答えるのに、名人の記憶に頼らず、接続先の設定と提供者の接続の記録を1つずつ開いて確かめた。主にどの従うべき原則にそった動きか。

  1. A価値に着目する focus on value
  2. B現状からはじめる start where you are
  3. Cフィードバックをもとに反復して進化する progress iteratively with feedback
  4. D最適化し、自動化する optimize and automate
答えを開く

B。現状からはじめるには、又聞きや記憶ではなく、今あるものを直接見て測ることが含まれます。実物を開いたから、記憶にはなかったかもしれない集計のマクロが見つかりました。全部の構成品目を一度にそろえず、使い道の分だけ書いたところには、シンプルにし、実践的にする、も効いています。

Q2. リースの切れる60台の代わりに、新しいPCを販売店に頼み、届いた順に受け取って使う人に割り当てる。ITILの8つのライフサイクル活動のどれにあたるか。

  1. A設計 design
  2. B取得 acquire
  3. C構築 build
  4. D提供 deliver
答えを開く

B。必要な物品や資源を、社内や供給者から手に入れて割り当てるのが取得です。成功は、手に入れた物品と資源の品質で測ります。何を満たすかを仕様にするのが設計、部品を組み立てて試すのが構築、動いているサービスを利用者が使える状態に保ち続けるのが提供です。