目次

止まった日

大雪、停電、締めの最終日、そして1通の不審なメール。名人は、雪で家から出られなかった。

票番号03-001
報告者第二工場・全社
件名停電による工場サーバー室の停止/不審メールの一斉配信
状態対応中
前回の名前、思い出せますか?(開くと答え)

ルールどおり動くだけ=traditional automation(AIではない)、作る=generative AI、範囲の中で自分で動く=agentic AI。AIを統制する枠組み=AI governance、人が見張る=human oversight。土台はデータの品質とプライバシー。

FIRST名人が来られない日に、何が残っているか

非常時に効くのは、非常時のために作ったものより、
ふだんの仕事のために作ったものです。

この1年、この会社は災害の備えを特別には作ってきませんでした。そこへ、雪の日が来ます。

SCENE3月の締めの最終日

前の晩から降り続いた雪で、北関東の第二工場の一帯が停電しました。工場のサーバー室には出荷ラベルと生産管理のサーバーがあり、非常用の電源は30分しかもたない。

インフラ担当は、雪で家から一歩も出られませんでした。玄関を開けると、膝の高さまで雪が積もっている。電車は止まり、道路は通行止め。第2話のときと同じく、名人がいない日です。

そして同じころ、全社員あてに1通のメールが届きました。差出人は「情報システム部」。

共通窓口の記録(この日の分・抜粋)
03-001第二工場:停電。サーバー室が非常用電源に切り替わった電話
03-002営業所:「停電の復旧作業のため、アカウントの再認証をお願いします」というメールが来た。開いていい?窓口チャット
03-003経理:同じメールが来た。情シスから?窓口チャット
03-004総務:同じメール。リンク先のドメインが会社のものと違う窓口チャット
03-005経理:締めの入力はできる?窓口AI経由
図1 この日、共通窓口に届いた最初の記録。不審なメールについての連絡が、3件、別々の部署から窓口に集まった。

BEHIND雪の日、窓口の記録の向こうで2体が固まった

うしろを見る

名人のいない、締めの最終日。窓口に記録が並びはじめたとき、2つの席のうしろでは、子が固まっていました。

子は人ではなく、席につく。言葉がきつくなるのは、うしろの子が何かを怖がっているとき。6体の紹介は地図に

工場
工場長

「いま聞かれても、どれから戻すかなんて決められない」

あとでタイミング

怖いのは止まっている最中に、戻す順番を決めなければならないこと

本社
リンクを押した社員

「すみません、押してしまいました……」

くうらん懸念

怖いのは黙っていたらあとで大変なことになる。でも言えば責められるかもしれないこと

せきのこ ── 席のうしろの、小さな子たち

CHAOS分析より先に、まず動く

工場からの電話の向こうで、短い警報音が鳴り続けていました。サーバー室が非常用の電源に切り替わったことを知らせる音です。停電がいつ戻るのかも、メールを誰が送ったのかも、まだ分かりません。

リーダーは、窓口の記録を開いたまま、チームに言いました。「これは混沌です。原因はあとで調べます。先に、これ以上悪くしないことだけ決めましょう」

原因と結果のつながりが見えず、調べているうちに事態が進んでいく。第9話で分けた3つの状況のうちの、混沌とした状況です。こういうときは、原因を突き止めるのをあとに回します。まず動いて、状況を安定させる。分析は、そのあとです。

リーダーは、窓口に集まった記録を見ながら、最初の15分で3つだけ決めました。

1. メールを止める

全社チャットと窓口のAIの両方で「このメールは開かない。リンクを押した人は窓口へ」と流す。窓口のAIには、この件はこの一文だけを答えるように指示する

2. 工場は紙に切り替える

非常用電源が切れる前に、出荷ラベルを手書きの予備の様式に切り替える。サーバーは決めた順番で安全に止める

3. 締めは延ばさない

精算システムは本社のクラウドで動いていて、停電の影響を受けない。経理には「締めはそのまま」と伝える
図2 最初の15分で決めた3つ。どれも「原因は何か」ではなく「今これ以上悪くしないには」を考えて決めた。

PAYOFF1年分の選択が、ここで効いた

3つの判断が15分でできたのは、リーダーが優秀だったからではありません。判断に必要な情報が、全部どこかに書いてあったからです。

第1話共通窓口不審メールの連絡が、個人のチャットに散らばらず、窓口に3件そろった。だから一斉配信だと分かった
第4話台帳と持ち主工場のサーバー室に何が載っていて、どれから止め、どれから戻すかが、1枚で分かった
第2話既知のエラーのカード名人が来られなくても、練習した2人がカードどおりにサーバーを安全に止め、戻した
第3話戻し方を先に書く習慣工場の出荷ラベルを紙に切り替える手順と、電気が戻ったあとに元へ戻す手順が、変更カードにあった
第11話AIの決まり窓口のAIに「この件は決めた一文だけ答える」と指示でき、AIが勝手な推測でメールの説明をしなかった
第8話経営会議への報告の道停電と不審メールの状況を、経営会議にその日のうちに上げる経路が決まっていた
図3 この日に効いたもの。どれも、災害のために作ったものではない。

工場の電気が戻ったのは、停電から6時間後でした。非常用電源が切れる前に止めたサーバーは、カードの順番どおりに戻り、データはひとつも失われなかった。止まっていた間の出荷は手書きのラベルで続き、トラックは予定より1時間遅れで出ていきました。

不審なメールのリンクを押してしまった社員は2人。2人とも、自分から窓口に連絡してきました。パスワードはその場で変えられ、被害は出ませんでした。

家から電話で状況を聞いていたインフラ担当は、最後にこう言いました。「今日、自分は一回も再起動してないですね」

読み解き

春に名人が研修で休んだ日には、精算システムが3時間止まりました。この日の名人は、雪で一日来られなかった。それでも、工場のサーバーは、練習した2人が安全に止めて、戻した。

この1年でいちばん大きく変わったのは、ここです。名人がいる日の速さではなく、名人がいない日の強さ。

WARRANTYこの日に試されたのは、「保証」だった

第5話で見たサービスの価値の4つの特性のうち、この日に揺さぶられたのは保証(warranty)、つまり「約束どおりに動くか」でした。保証は、次のような性質で支えられています。

可用性availability必要なときに使えるか。精算はクラウドで使えた
キャパシティcapacity必要な量をさばけるか。窓口のAIが同じ質問をさばいた
セキュリティsecurity守られているか。不審なメールを15分で止めた
継続性continuity止まっても続けられるか。出荷は紙で続いた
図4 保証を支える4つの性質。有用性(何をしてくれるか)が良くても、ここが崩れれば価値は届かない。

そして、この日の発端の大雪は、会社の中からはどうにもできない外部要因でした。外部要因は、4つの側面のすべてに影響する。この日も、人(来られない名人)、パートナー(電力と交通)、情報と技術(サーバー室)、流れ(出荷)のすべてが揺れました。

もうひとつ、ITILの運用の言葉の中に、この日の出来事そのものを指す言葉があります。大きな被害を出す、突然の出来事。災害(disaster)です。

AFTER次の週の振り返り

翌週、チームと経理・工場・総務の担当者で、この日の振り返りをしました。誰が悪かったかは、一度も話題になりませんでした。話したのは、何が効いて、何が足りなかったか。

最初に、総務の担当者が言いました。「大雪は、PESTLEでいう環境的な要因です。うちでは止められません。だから今日話すのは、止まったときの備えのほうです」

足りなかったものも、はっきりしていました。工場のサーバー室の非常用電源が30分しかないこと。手書きのラベルの様式が古く、取引先の新しい品番の欄がなかったこと。そして、不審なメールのリンクを押した人が、自分から連絡してこなかったらどうなっていたか。

3つとも改善の一覧に載り、12月から続いている月に一度の見直しの場で、順番に片付けていくことになりました。

この日の対応を、ライフサイクル活動の言葉で言い直すと、こうなります。止まったサーバーを戻したのはサポート(成功は戻す速さ)。電気が戻るまでの間、手書きのラベルで出荷を続け、精算を動かし続けたのは運用と提供。第2話で名人の技を「止まってから戻すサポート」と「止まる前に手を打つ運用」に分けたことが、1年後、名人のいない日にそのまま生きました。

RELIEF雪の日に効いたのは、ふだんのしくみだった

しくみを置く

この日のために作ったしくみは、ひとつもありません。それでも、2体の子は、置いてあったしくみで落ち着きました。

工場長のうしろのあとで

怖がっていたこと止まっている最中に、戻す順番を決めなければならないこと

No.26|ITIL 4の分類:サービス管理
サービス継続性管理
Service continuity management
目的
災害が起きても、サービスの可用性と性能を十分な水準に保ち、組織の回復力を高める
この話では
工場のサーバー室に何が載っていて、どれから止め、どれから戻すかが1枚で分かった。非常時の順番を、ふだんのうちに決めておく
ほっとしたのは
どれから止め、どれから戻すかが、ふだんのうちに1枚に書いてあったこと

体験工場が停電したら、どれから戻すか

戻す順に押してください。

リンクを押した社員のうしろのくうらん再登場

怖がっていたこと黙っていたらあとで大変なことになる。でも言えば責められるかもしれないこと

No.4|ITIL 4の分類:一般管理
情報セキュリティ管理
Information security management
目的
事業を続けるのに必要な情報を守る
この話では
全社チャットと窓口のAIで「リンクを押した人は窓口へ」と流し、連絡してきた2人のパスワードをその場で変えた。名前を責める話は出なかった
ほっとしたのは
「押した人は窓口へ」の一文と、その場でパスワードを変えられる手順

「今日、自分は一回も再起動してないですね」。家から電話でそう言ったとき、第2話で居場所をなくしそうになっていた名人の子は、もう丸まっていませんでした。

番号と分類はITIL 4の並べ方です。ITIL 5の試験で押さえるのは「プラクティス=資源のまとまり」と2つのグループまで。

せきのこ ── 席のうしろの、小さな子たち

SHIFT正解が、入れ替わる

春までなら、工場が止まったという知らせは、まず名人の個人チャットに届いていました。この日、最初の知らせが届いたのは共通窓口です。

非常時は、名人を呼ぶ。名人が来られる限り、それはいちばん速い答えでした。名人は優秀で、責任感も強い。ただ、雪の日には、名人も家から出られない。

この回で入れ替わった正解
正解
今まで非常時は、名人を呼ぶ
→
これから名人がいなくても、窓口・カード・台帳で動ける
初動
今までまず原因を突き止める
→
これから混沌の中では、まず動いて安定させる。原因はそのあと
価値観
今まで非常時に強い人がいるチームが強い
→
これからふだんの仕事を書き足してきたチームが、非常時に強い
ITILの言葉
今まで止まったら戻す(サポート)だけを考える
→
これから保証(可用性・キャパシティ・セキュリティ・継続性)で備える。外部要因(環境)を見る。混沌ではまず安定

メンバーの仕事で変わること

  • おかしなメールを見たら、開かずに窓口へ。押してしまっても窓口へ
  • 非常用の様式(手書きのラベルなど)も、台帳に載せて持ち主を決める
  • 非常時の振り返りでは、人ではなく仕組みの足りなさを話す

その代わりに手に入るもの

  • 雪の日に、家から出られなくても困らない
  • 押してしまった人が、怒られずに連絡できる
  • 非常時の判断を、一人で背負わなくていい
残った問い 振り返りの次の日、リーダーは情シス課長に呼ばれました。4月から、本社の経営企画への異動の内示です。この1年で作ったものを、誰に、何を、どう渡すのか。「あなたがいなくても回る情シスは、作れるか」。最後の問いが、リーダー自身に向けられました。

この回で付いた名前

混沌とした状況chaotic(再登場)原因と結果のつながりが見えない。まず動いて安定させる
保証warranty(再登場)約束どおりに動くか(fit for use)。可用性・キャパシティ・セキュリティ・継続性
環境的要因Environmental(PESTLE)(再登場)気候や環境規制など、環境と持続可能性に関わる外部要因
災害disaster大きな被害を出す、突然の出来事
サポートと運用support / operate(再登場)止まったものを戻す/日々動かし続ける

もっと詳しく:ITIL 5 解説ガイド(価値の4つの特性/内部要因と外部要因/バリューチェーン/複雑性思考)

CHECK確かめる

Q1. 工場では警報が鳴り、全社には不審なメールが届いた。停電がいつ戻るのかも、メールを誰が送ったのかも分からない。リーダーは原因を調べる前に、メールを開かないよう流し、工場を紙のラベルに切り替えた。複雑性思考で、この判断をどう説明できるか。

  1. A秩序だった状況なので、決まった手順を自動で回した
  2. B複雑な状況なので、小さく試して反応を見ながら進めた
  3. C混沌とした状況なので、まず動いて状況を安定させた
  4. Dどんな状況でも、原因を突き止めてから動くのが正しい
答えを開く

C。原因と結果のつながりが見えず、調べているうちに事態が進む状況が「混沌とした」状況です。まず安定させ、分析はそのあとに回します。複雑性思考は、ITIL 5で取り入れられた考え方です。

Q2. 電気が戻ったあと、練習した2人がカードの順番どおりにサーバーを戻し、通常の状態にした。8つのライフサイクル活動のどれにあたり、その成功は何で測るか。

  1. A運用|合意したサービスレベルに対する実績
  2. Bサポート|どれだけ早く通常のサービスに戻したか
  3. C移行|本番に持ち込んだエラーの数と、事業への影響
  4. D提供|合意したサービスレベルに対する実績
答えを開く

B。中断のあとに通常へ戻すのはサポートで、戻す速さで測ります。電気が戻るまで紙のラベルで出荷を続けたのは、運用と提供の側です。ITIL 4のバリューチェーンでは「提供とサポート」(deliver and support)が1つの活動でした。