目次

30人と、ひとつの窓口

新入社員30人と、営業本部の組織変更が、同じ週に来た。窓口は1年前からある。席を継いだばかりのリーダーは、それでも全部を自分の机で受けようとした。

票番号04-001
報告者人事部・営業本部
件名新入社員30人の受け入れと、営業本部の組織変更が同じ週に重なる
状態対応中

FIRST窓口の電話が鳴ると、リーダーの手がいちばん先に伸びる

「決まりなので、窓口を通してください」
そう言った人が、次の瞬間には、その依頼を自分の机で片付けていた。

言ったことと、やったことが食い違う。怠けていると、こうはなりません。働きすぎると、こうなります。リーダーの席に座って、最初の1週間の話です。

SCENE会議室に、30台分の箱が積まれていた

入社式の前の日、本社の小さな会議室に、ノートPCの箱が30個積まれていました。箱の側面には、配属先がマジックで書いてある。「第一工場」「北関東営業所」「本社・経理」。冷凍食品を作って売るこの会社に、今年は30人が入ります。

箱の山の前で、人事の担当が名簿をめくっていました。「去年は、初日にアカウントのない人がいたんです」

同じ週、営業本部の組織変更も動き出しました。4つの課を、東と西の2つの部に組み直す。8つの営業所から60人が、新しい部へ移ります。部の名前が1つ変わるたびに、共有フォルダの権限、メールの宛先、見積の承認ルートが、まとめて動く。

情シスのリーダーの席には、この春から、去年までヘルプデスクを受け持っていた人が座っています。前のリーダーは、本社の経営企画へ移りました。机の引き出しには、前のリーダーが残していった引き継ぎの資料が1冊。7人の情シスの共通の窓口も、いつものお願いを1枚ずつ書いたカードも、1年前にその人と一緒に作ったものです。席は窓際の、前のリーダーが使っていた机。椅子の高さだけが、まだ前の人に合ったままでした。

箱を開けて中身を確かめるのも、自分でやるつもりでした。全部、自分で。カードの中身も、この会社のPCのことも、いちばんよく知っているのは自分だったから。

入社式の週、窓口に届いた依頼は、最初の3日で140件を超えました。ふだんの月のおよそ3分の1が、3日で来た計算です。

入社式の翌日から、新入社員が情シスの島まで直接やって来るようになりました。手には、配られたばかりのPCと、人事のくれた案内の紙。「最初のパスワードの変え方が分からなくて」

窓口に出してもらえば、当番が受ける件です。そう伝えるつもりでした。「決まりなので、窓口を通してください」

「どうしてですか。ここにいらっしゃるのに」

答えようとして、言葉が出ませんでした。1年間、毎日使ってきた窓口です。通す理由なら、分かっているはずだった。口から出たのは「……決まりなので」の2回目で、言い終わる前に、手はもう相手のPCを受け取っていました。新入社員は、ほっとした顔で頭を下げた。3分で終わりました。

そのとき、窓口の電話が鳴りました。当番のメンバーが受話器に手を伸ばすより早く、新しいリーダーの手が伸びていた。ヘルプデスクの席で、誰より早く電話に出てきた手です。

第一工場の事務からでした。「出荷指示のメールが、今日は一通も来ていないんです」

窓口の記録を開くと、同じ件はもう届いていました。1時間40分前に、工場の事務が窓口のチャットに書いたものです。件名は「メールが来ない」。新入社員の依頼が積もった画面の、ずっと下のほうに沈んでいて、担当の欄は空いたままでした。

共通窓口の記録(入社式の週・担当の欄が空いているものの抜粋)
04-085新入社員:勤怠の画面がどこにあるか分からない担当なし
04-086新入社員:最初のパスワードの変え方担当なし
04-087第一工場:メールが来ない担当なし
04-088新入社員:会議から戻ると、Wi-Fiにつながっていない担当なし
04-089営業本部:新しい部の宛先グループに、自分が入っていない担当なし
……(このあと、担当なしの件が40件近く続く)
図1 工場の1件は、新入社員の依頼のあいだに挟まっていた。件名は「メールが来ない」。止まっているのが工場の出荷全部だとは、件名からは読めない。

受話器を置くと、すぐにまた鳴りました。営業本部の課長です。新しい部の共有フォルダに、部下が5人入れない。見積の承認が、異動した前の部長のところへ飛んでいく。カードを見て頼もうとしたら、「頼める人」の欄に、この週でなくなった課の名前が書いてあった、と言います。

「組織が変わったら、誰に何を出せばいいんですか」

少し間があって、課長は付け足しました。「前のリーダーさんのときは、組織が変わる前に、向こうから声をかけてくれたんだけどね」

責める口調ではありませんでした。それでも、電話を切ったあと、その一言だけが耳に残った。前のリーダーみたいにはできない。そう思ったのは、この週で3度目でした。

机の上には、受けた依頼のメモが重なっていきました。どれも、窓口を通っていない依頼です。

BEHIND4つの声のうち、ひとつはリーダー自身の声だった

うしろを見る

人事も、営業本部も、工場も、言っているのは自分の依頼のことです。ひとつだけ、依頼を断る言葉が混ざっていました。言ったのは、新しいリーダー自身です。4つの席のうしろを見ます。

子は人ではなく、席につく。言葉がきつくなるのは、うしろの子が何かを怖がっているとき。6体の紹介は地図に

本社
人事の担当

「去年は、初日にアカウントのない人がいたんです」

くうらん懸念

怖いのは30人のうち誰かの分が、空いたまま初日が来ること

営業本部
営業本部の課長

「組織が変わったら、誰に何を出せばいいんですか」

はつみみ初見

怖いのは組織が変わって頼み方も変わったのに、それを知らされないまま止められること

工場
第一工場の事務

「出荷指示のメールが、今日は一通も来ていないんです」

ぽつん面子

怖いのは本社の目の前の依頼が先に片付き、電話の向こうの工場が後回しにされること

情シス
新しいリーダー

「決まりなので、窓口を通してください」

もやすけ未翻訳

怖いのは「どうしてですか」と聞かれて、自分の言葉で答えられないこと

せきのこ ── 席のうしろの、小さな子たち

USE 1入口はひとつあるのに、リーダーが入口の外で受けていた

窓口の記録には、番号の付いた依頼が並んでいます。ところが、新しいリーダーの机に重なったメモの依頼は、そこに1件も載っていませんでした。島まで来た新入社員の件、廊下で頼まれた件、個人チャットに届いた件。自分で受けて、自分で片付けて、番号を付けないまま終えている。

困ったことは、もうひとつありました。リーダーが島の真ん中で次々に片付けているのを見て、ほかのメンバーは窓口の画面を開くのをためらった。リーダーが見てくれている、と思ったからです。担当の欄が空いた依頼は、3日で40件を超えていました。その40件の中に、工場の1件もいた。

誰も手を抜いていない。目の前の人を助けると、その場で「ありがとうございます」が返ってくる。窓口に回すと、返ってくるのは少し困った顔です。ヘルプデスクの席にいた人にとって、前のほうはいちばん慣れた報酬でした。番号を付けた記録に、お礼を言う人はいない。

しかも、同じ「すぐやります」でも、席が変わると重さが変わります。ヘルプデスクの担当が受ければ、1件の対応で済む。リーダーが受けると、「この件はリーダーが持っている」という合図になって、まわりの手が止まる。

この週も、窓口のAIはカードにある質問には答えていました。パスワードの変え方も、勤怠の画面の場所も、カードに書いてある。それでも新入社員が島まで来るのは、AIに聞くより人に聞いたほうが早いと知ったからです。島に来れば、たしかに早い。リーダーがその場でやってくれる。助けるたびに、窓口を通らない道が1本ずつ太くなっていきました。

その画面を、隣の席から中途のメンバーが見ていました。この4月に入ったばかりで、前の会社は大手のSIer。机の端に、付箋が何十枚も飛び出した分厚い本を立てています。ITILの本です。入社4日目のその人が、空いた40件を上から順に分け始めました。壊れた件。いつものお願い。どちらでもない件。手が速い。

「インシデントか、サービス要求か。本来は、受けた時点で分けておくものです」

正しい、と新しいリーダーは思いました。正しいことを、入って4日目の人に言われたのが、少しだけこたえた。言われたとおり、窓口の最初の仕事は分けることです。分けてから渡せば、壊れた件は優先度の順に、いつものお願いはカードの手順に乗っていく。

分け終わった40件を、中途のメンバーは担当の名前を空けたまま差し出しました。誰に渡すかは、リーダーが決めることだと思ったのでしょう。受け取った一覧を、新しいリーダーはメンバーの名前で埋めていきました。自分の名前は、最後まで入れなかった。

使ってみる窓口に届いた依頼を分ける

入社式の週に積もった依頼から6件。窓口で最初にするのは、壊れた件か、いつものお願いか、どちらでもない件かを分けることです。

窓口の最初の仕事は、受けて、分けて、渡すこと。分けておけば、壊れた件は優先度の順に、いつものお願いはカードの手順に、どちらでもない件は変更や相談の道に、それぞれ乗る。

使ってみて分かったこと

窓口は、依頼を受け付ける場所である前に、受けた依頼をチームの全員に見せる場所だった。島で受けた件は、受けた本人にしか見えない。見えない依頼には、誰も手を貸せない。

ITIL›バリュー・システム›管理プラクティス›ITIL 4:サービス管理›サービスデスク
No.28サービスデスクService desk

目的:インシデントとサービス要求を受け付ける。すべての利用者にとっての単一の窓口

4月の140件を、ひとつの入口で番号に変える

組織と人材organizations and people
  • 窓口の当番:毎日2人が交代で受け、分けて、担当へ渡す
  • 情シスの全員:個人あてに届いたら、その場で窓口に転記して番号を返す
  • 新しいリーダー:受けた件を自分で抱えず、担当を割り当てる
情報と技術information and technology
  • 窓口の記録(番号・担当・状態・届き方)
  • 窓口のAI:カードにある答えを案内し、カードにない質問は人へ回す
  • 窓口の案内(入口・番号の見方・受け付ける範囲)
パートナーとサプライヤーpartners and suppliers
  • チャットと窓口のツールの提供元:入口の土台と、止まったときの連絡先
バリューストリームとプロセスvalue streams and processes
  1. 受ける
  2. 番号を付ける
  3. 分ける
  4. 担当へ渡す
  5. 進み具合を返す
  6. 閉じる
使えている目印
  • 担当が休んでも、どの依頼がどこまで進んだかを窓口で答えられる
  • 個人あてに届いた依頼が、受けたその場で窓口に転記されている
図2 サービスデスクの解剖図。目的のまわりに、ITILが各プラクティスの手引きで使う4つの側面を置き、この会社の具体を書き込んだ。

1年目では 第1話 で出会ったしくみ。

USE 2140件の下に、トラックを待たせている1件が沈んでいた

受話器の向こうの工場に、新しいリーダーが最初に頼んだのは、出荷を別の手で動かすことでした。「出荷指示を、営業所から電話で聞き取れますか。こちらからも、8つの営業所に連絡します」。原因はあとでいい。「15分後に、こちらからもう一度電話します」と工場の事務に伝えて、受話器を置きました。

ここまでは速かった。ヘルプデスクの席で何度もやってきた順番で、体が覚えています。遅れたのは、そこへたどり着くまでの1時間40分のほうでした。

メールの転送の設定を調べたのは、インフラ担当でした。社内で「名人」と呼ばれてきた人で、説明の前に、まずホワイトボードに箱を描く。営業所の箱、工場の箱、そのあいだに矢印を1本。組織変更で営業所の共通アドレスを新しい部の名前で作り直したとき、工場への転送の設定だけが引き継がれていなかった。

直すのに5分。ただ、工場ではそれまでのあいだ、事務が営業所に1件ずつ電話をかけ、出荷指示を口で聞き取っていた。トラックは2台、予定より遅れて出ていきました。約束の15分後、新しいリーダーがかけた電話に、工場の事務は「いま、最後の1件を聞き取ったところです」と答えた。声が、少しかすれていました。

島に戻ると、ホワイトボードの箱の横に、名人が小さく書き足していました。「影響:工場の出荷全部。急ぎ:トラック」

受付画面のいちばん上には、前のリーダーが貼っていった表が1枚あります。業務への影響の大きさと急ぎ具合で、優先度を決める表です。去年の春、社長のPCの壁紙より工場のラベルを先に直す、と決めたときに作られた。表は、この3日間もずっとそこにありました。見る人がいなかった。

件名は、書いた人の言葉で書かれます。工場の事務にとって「メールが来ない」は、出荷が止まっているのと同じ意味でした。窓口で読む側には、ただのメールの不調に見える。だから表を使うには、受けた時点で一言だけ聞き返す手間が要ります。「止まっているのは、何ですか。待っている人や物はありますか」

届いた順に上から片付けると、工場の件は87番目になる。目の前に立っている人から片付けると、電話の向こうの工場には、いつまでも順番が来ない。表は、そのどちらの並べ方もさせないために貼ってありました。

使ってみる影響と急ぎ具合の地図に置く

同じ週に届いた、止まった・遅くなった件を5つ。業務への影響の大きさと、急ぎ具合で置いてみます。

項目を1つ選んでから、マスを押してください。

影響 大
影響 小
急ぐ
急がない

優先度は、止まっている業務の大きさと、待っている人や物で決める。届いた順や、頼んだ人が目の前にいるかどうかは、物差しに入らない。

使ってみて分かったこと

優先度の表は、手の速い人のためにあった。どれだけ速く片付けても、手を伸ばす先を間違えれば、待たせる相手が入れ替わるだけになる。

ITIL›バリュー・システム›管理プラクティス›ITIL 4:サービス管理›インシデント管理
No.19インシデント管理Incident management

目的:止まった・遅くなったサービスを、できるだけ早く元に戻し、悪影響を小さくする

届いた順でなく、止まった業務の大きさで並べる

組織と人材organizations and people
  • 窓口の当番:受けた時点で優先度を付ける
  • インフラ担当:優先度「高」は、最初から一緒に見る
  • 新しいリーダー:重い件が出たら、ほかの件の担当を組み替える
情報と技術information and technology
  • 優先度の基準表(業務への影響×急ぎ具合)。受付画面のいちばん上に
  • インシデントの記録:回避策と、次に連絡する時刻
パートナーとサプライヤーpartners and suppliers
  • メールの仕組みの提供元:転送の設定と、障害の連絡先
バリューストリームとプロセスvalue streams and processes
  1. 受ける
  2. 優先度を付ける
  3. 回避策で戻す
  4. 利用者に知らせる
  5. 直して確かめる
  6. 記録して閉じる
使えている目印
  • 優先度「高」の件に、受けてから15分以内に担当が付いている
  • 受付順や肩書きより、優先度の順に手が動いている
図3 インシデント管理の解剖図。目的のまわりに、ITILが各プラクティスの手引きで使う4つの側面を置き、この会社の具体を書き込んだ。

1年目では 第1話 で出会ったしくみ。

USE 330人分のアカウントは、前任のカード1枚でそろった

出荷が戻ったあと、新しいリーダーは、自分で抱えていた30人分の作業を数え直しました。PCは、リース会社が初めの設定まで済ませて届けてくれる。残っているのは、会社のアカウント、配属先の業務システムの権限、部署の共有フォルダです。工場なら勤怠の端末、営業なら見積システム、経理なら精算システム。配属先によって、要るものが違う。配属の初日は翌週で、研修の合間を縫って、全部を自分でやるつもりでした。

机に30人分の名簿を広げていると、名人が通りがかりに、ぽつりと言いました。「全部ひとりでやると、去年の僕になりますよ」

1年前の名人は、月末に固まる精算システムを、自分にしかできない手順で戻し続けていた人です。名人が研修で休んだ日、そのシステムは3時間戻らなかった。いまそれを笑って言えるのは、名人の頭の中の手順を、チームで1枚のカードに書いたからです。

「……現状からはじめる、ですね」と返して、新しいリーダーは引き出しの資料を開きました。手順を一から組む前に、あるものを見る。探したのは、新しく入る人の受け入れのカードです。去年、人事の担当と一緒に作ったものでした。頼める人は人事の担当だけ。要る情報は、名前、配属先、入社日、使うシステム。手順の順番、承認する人、届くまでの日数。いちばん下に、前のリーダーが書き足した一行がありました。「配属の初日に、本人と一緒にログインを確かめてから閉じる」

カードがあれば、30人を一人で抱える理由はありません。配属先で3つの組に分け、メンバー3人に割り振る。手順はカードのとおり。誰が受け持っても、同じ順番で、同じ確かめ方をする。中途のメンバーは工場の組を受け持ち、カードを2回読んでから、1行も足さずに始めました。

配属の初日、人事の担当から窓口に1通届きました。番号付きです。「30人、全員ログインできたそうです」

使ってみる新しく入る人の受け入れを、カードの順に並べる

前のリーダーと人事の担当が作ったカードの手順です。先にやるものから並べてみます。

先にやるものから順に押してください。

手順と合意を先に決めておけば、誰が受け持っても、同じ順番で、同じ日数で届く。30人は、3人で分けて回せた。

使ってみて分かったこと

カードは、30人分の仕事を3人で分けられる形にしてくれた。一人で全部やるより速く、受け持った人が休んでも止まらない。カードの最後の一行は、作り終えたところで仕事を閉じないための一行だった。

ITIL›バリュー・システム›管理プラクティス›ITIL 4:サービス管理›サービス要求管理
No.30サービス要求管理Service request management

目的:あらかじめ決まった「いつものお願い」を、効果的で使いやすい形でさばく

30人分を、誰が受け持っても同じ手順と日数で届ける

組織と人材organizations and people
  • 人事の担当:入社の2週間前に、名簿を窓口に出す
  • 窓口の当番:カードどおりに受け、手順を割り振る
  • 配属先の課長:部署の共有フォルダと業務システムの権限を承認する
情報と技術information and technology
  • お願いカード「新しく入る人の受け入れ」(受付条件・手順・承認者・日数)
  • 30人分の一覧表:PC・アカウント・権限の済みの印
パートナーとサプライヤーpartners and suppliers
  • リース会社:PCを届け、初めの設定を済ませる
バリューストリームとプロセスvalue streams and processes
  1. 名簿を受ける
  2. 承認を確かめる
  3. アカウントを作る
  4. 権限を付ける
  5. 初日に確かめる
  6. 記録して閉じる
使えている目印
  • 配属の初日に、アカウントのない人が0人
  • カードに書いた日数(名簿を受けてから10営業日)に収まっている
図4 サービス要求管理の解剖図。目的のまわりに、ITILが各プラクティスの手引きで使う4つの側面を置き、この会社の具体を書き込んだ。

1年目では 第1話 で出会ったしくみ。

USE 4組織が変わった週に、「頼める人」の欄が古くなった

営業本部の課長がカードを見て頼もうとして止まった理由は、カードの1行目にありました。共有フォルダの権限のカードの「頼める人」の欄には、「その部署の課長以上(営業一課〜四課)」と書いてある。4つの課は、この週でなくなりました。

頼めることの一覧は社内のポータルに載っていて、人事の新人向けの案内からも、総務の手引きからも、同じ一覧へリンクが張ってある。去年、部署ごとに頼み方の説明が少しずつ食い違っていたのを、1つの一覧にまとめたからです。おかげで、直す場所は1つで済みました。

組織変更の知らせが情シスに届いたのは、実施の3日前でした。人事の案内のメールに、ほかの部署と同じ宛先で入っていた。前のリーダーなら、組織変更の噂を聞いた段階で営業本部の島まで歩いていって、一覧のどの行が古くなるかを先に確かめていたはずです。課長の「向こうから声をかけてくれた」は、その習慣のことでした。習慣は、引き継ぎの資料には書いてありません。

営業本部の課長と電話をつないだまま、新しいリーダーは一覧の行を書き直しました。課の名前を消して、承認する人を役割で書く。直した日付を、行の端に入れる。課長は電話の向こうで新しい行を読み上げてから、「これなら、また組織が変わっても使えますね」と言いました。

直しながら、もうひとつ気になりました。新入社員の30人は、この一覧を見ても、自分が何を頼めるのかが分からない。一覧は、頼む側の部署の長に向けて書いてあるからです。新入社員に要るのは、最初の1か月に頼むことの多い5行だけを抜き出した見せ方でした。元の一覧は1つのまま、見せ方だけを分ける。

抜き出したのは、パスワード、勤怠の画面、共有フォルダ、会議室のモニター、Wi-Fiの5行です。それぞれの行の端に「窓口のAIに聞けば、この行の答えが返ってきます」と書き添えて、人事の案内の1ページ目に貼ってもらいました。次の週、島まで直接来る新入社員は、目に見えて減りました。

作ってみる頼めることの一覧の1行を作る

組織変更で古くなった「共有フォルダの権限」の行を、書き直します。4つの欄を埋めてください。

一覧 03 共有フォルダの権限(4月の組織変更のあと)
頼める人

組織の名前を書くと、組織が変わるたびに行が古くなる。役割で書いておけば、この4月のような週にも直さずに済む。本人なら誰でも、にすると、見てはいけない人の手にも届く。

頼むときに要る情報

要る情報がそろっていれば、担当は聞き返さずに進められる。足りないと往復が増え、多すぎると頼む人が書けずに個人チャットへ戻っていく。

届くまでの日数

日数を書いておくと、頼む側は待てる。「その場で」と書くと窓口を通さない理由になり、決めないと毎回「まだですか」が届く。

行の持ち主と更新日

持ち主のいない行は、誰も直さない。去年の日付のままの行は、この週の営業本部の課長のように、頼む人を止めてしまう。

一覧の1行は、頼む側への約束。組織の名前より役割で書き、持ち主と更新日を付けておくと、組織が変わる週にも崩れにくい。

使ってみて分かったこと

一覧を1つにしておいたことが、組織変更の週に効いた。直すのは1か所で、全社の案内が一度に新しくなる。1つにすると決めたのは前のリーダーだったが、なぜ1つなのかは、自分で直してみて、はじめて腹に落ちた。

ITIL›バリュー・システム›管理プラクティス›ITIL 4:サービス管理›サービス・カタログ管理
No.24サービス・カタログ管理Service catalogue management

目的:サービスとオファリングについての、一貫した唯一の情報源を作り、必要な人が見られるようにする

頼めることの一覧を、組織が変わった週に書き直す

組織と人材organizations and people
  • 一覧の持ち主:新しいリーダー。月に一度、全部の行を見直す
  • 各行の持ち主:そのお願いを受け持つ情シスのメンバー
  • 人事と総務:組織変更が決まったら、実施の前に窓口へ知らせる
情報と技術information and technology
  • 頼めることの一覧(名前・頼める人・要る情報・日数・持ち主・更新日)
  • 新入社員向けの見せ方:最初の1か月に頼むことの多い5行
パートナーとサプライヤーpartners and suppliers
  • 社内ポータルの提供元:一覧を載せる場所
  • リース会社:PCの機種と届くまでの日数の約束
バリューストリームとプロセスvalue streams and processes
  1. 頼めることを洗い出す
  2. 1行に書く
  3. 見せ方を分ける
  4. 全社に出す
  5. 変わったら直す
使えている目印
  • 「何を頼めるのか」「誰に出せば通るのか」という問い合わせが減っている
  • 各部署の案内が同じ一覧を指していて、更新日が新しい
図5 サービス・カタログ管理の解剖図。目的のまわりに、ITILが各プラクティスの手引きで使う4つの側面を置き、この会社の具体を書き込んだ。

1年目では 第1話 で出会ったしくみ。

RELIEF3体の子が顔を上げた。リーダーの子だけが、まだうつむいている

しくみを置く

配属の初日、30人のうちアカウントのない人は0人でした。営業本部の新しい部の共有フォルダも、週が終わる前に全員が開けた。受けた時点で、どの件にも優先度が付くようになりました。

人事の担当のうしろのくうらん

怖がっていたこと30人のうち誰かの分が、空いたまま初日が来ること

No.30|ITIL 4の分類:サービス管理
サービス要求管理
Service request management
目的
あらかじめ決まった「いつものお願い」を、効果的で使いやすい形でさばく
この話では
新しく入る人の受け入れを、決まった手順・承認者・日数のお願いとしてさばいた。30人を3人で分けた
ほっとしたのは
カードの手順どおりに、配属先ごとに3人で分けて進んでいること。「初日に本人と一緒に確かめてから閉じる」と書いてあること
営業本部の課長のうしろのはつみみ

怖がっていたこと組織が変わって頼み方も変わったのに、それを知らされないまま止められること

No.24|ITIL 4の分類:サービス管理
サービス・カタログ管理
Service catalogue management
目的
サービスとオファリングについての、一貫した唯一の情報源を作り、必要な人が見られるようにする
この話では
頼めることの一覧を、組織変更の週のうちに書き直した。頼める人は役割で書き、行ごとに持ち主と更新日を付けた
ほっとしたのは
「頼める人」の欄が、課の名前から役割に書き直されたこと。全社の案内が、同じ1行を指していること
第一工場の事務のうしろのぽつん

怖がっていたこと本社の目の前の依頼が先に片付き、電話の向こうの工場が後回しにされること

No.19|ITIL 4の分類:サービス管理
インシデント管理
Incident management
目的
止まった・遅くなったサービスを、できるだけ早く元に戻し、悪影響を小さくする
この話では
優先度の表を受付画面のいちばん上に戻し、受けた時点で優先度を付けるようにした。止まった出荷は、回避策を先に出してから直す
ほっとしたのは
届いた順や、目の前にいるかどうかで並べず、止まっている業務の大きさで並べる、という表
新しいリーダーのうしろのもやすけ

怖がっていたこと「どうしてですか」と聞かれて、自分の言葉で答えられないこと

No.28|ITIL 4の分類:サービス管理
サービスデスク
Service desk
目的
インシデントとサービス要求を受け付ける。すべての利用者にとっての単一の窓口
この話では
入口をひとつにして、受けた依頼をチームの全員に見えるようにした。リーダーも、入口の外では受けない
顔を上げたのは
引き継ぎの資料の余白。答えられなかった問いを、自分の言葉で書き足していい場所があったこと

電話にいちばん早く手が伸びる人の、うしろの子だけは、まだ笑っていません。「どうしてですか」に答える言葉が、自分の中にまだないからです。

番号と分類はITIL 4の並べ方です。ITIL 5の試験で押さえるのは「プラクティス=資源のまとまり」と2つのグループまで。

せきのこ ── 席のうしろの、小さな子たち

NOTE引き継ぎの資料の余白は、まだ白かった

配属の初日を翌日に控えて、前のリーダーが情シスの島まで歩いてきました。経営企画の席は、同じ階の反対の端にあります。

「席の移動のPCの件、窓口に出しておいたから。急がないので」

それだけ言って、前のリーダーは戻っていきました。依頼の番号は、窓口の記録の中にちゃんとあって、言いに来なくても番号を見れば分かるのに、と新しいリーダーは思った。去年もそうでした。あの人は、用があると相手の島まで歩いてくる。

呼び止めて、聞こうかと思いました。窓口って、どうして通すんでしたっけ。けれど、それを前のリーダーに聞くのは、受け取ったばかりの席を返すようなことに思えた。

代わりに、引き出しの資料を開きました。目次は5つに分かれていて、窓口のページは「管理プラクティス」の中にある。1行目に、こう書いてありました。「入口を1つにする。誰が休んでも、頼んだ人を待たせないため」

見覚えがある。1年前、記録をつけると聞いて「それって、さぼってないか見るためですか」と聞いたのは、新しいリーダー自身です。そのとき返ってきたのは、ほとんど同じ言葉でした。答えは1年前にもらっていた。毎日その窓口で電話を取りながら、自分の言葉にはしてこなかったのです。

ページの右側には、広い余白がありました。ペンを取り、余白のいちばん上に「4月」と書きました。前のリーダーの引き継ぎの資料が、新しいリーダーの申し送りノートになった日です。

申し送りノート 4月の余白

CHECK確かめる

Q1. 新入社員のノートPCは、リース会社が初めの設定まで済ませて届ける。窓口のしくみを4つの側面で見るとき、これはどの側面にあたるか。

  1. A組織と人材 organizations and people
  2. B情報と技術 information and technology
  3. Cパートナーとサプライヤー partners and suppliers
  4. Dバリューストリームとプロセス value streams and processes
答えを開く

C。外の会社に頼んでいる部分は、パートナーとサプライヤーの側面です。窓口の当番の役割は組織と人材、窓口の記録や優先度の表は情報と技術、受けてから閉じるまでの流れはバリューストリームとプロセスにあたります。

Q2. 前のリーダーの引き継ぎの資料は、バリュー・システムの5つの部品で目次を組んである。窓口・お願いカード・頼めることの一覧が入っているのは、どの部品か。

  1. A従うべき原則 guiding principles
  2. Bガバナンス governance
  3. Cバリューチェーン value chain
  4. D管理プラクティス management practices
答えを開く

D。管理プラクティスは、人・手順・道具・情報・外の会社をひとまとめにした、仕事のための資源のまとまりです。窓口なら、当番の人、受けて分ける流れ、窓口の記録、チャットの提供元までが1つに入ります。原則は迷ったときの判断の拠り所、ガバナンスは方向を決めて確かめる流れ、バリューチェーンは価値を生む活動のつながりです。