約束は全部守った。それなのに、経理の担当者たちは疲れた顔をしていた。
見る角度は4つ=組織と人材・パートナーとサプライヤー・情報と技術・バリューストリームとプロセス。仕事をするための資源のまとまり=management practice(人・プロセス・ツール・情報・パートナー)。序で出てきた3つの席、決める人=customer、使う人=user、お金を承認する人=sponsor。
約束を文書にすると、文書に書いていないことが、
見えなくなります。
序では、緑の報告書が相手の側を数えていない、という話をしました。夏になって、この会社は「相手の側の数字」を、約束として文書にします。数字にした約束は、相手のどこまでを守れるのか。
7月の終わり、経理部長と情シスで、精算システムについての約束を1枚の文書にまとめました。序で月次報告に足した「締めは止まらずに終わったか」の行を、正式な約束にしたものです。
| 項目 | 目標 | 8月の実績 |
|---|---|---|
| 締めの3営業日、止まらずに使えること | 中断0回 | 0回 |
| 止まったときに戻すまでの時間 | 30分以内 | 該当なし |
| 問い合わせへの最初の返事 | 1営業日以内 | 平均0.6日 |
| 月次報告で経理部長が判定 | 毎月 | 実施 |
必要なサービスと、期待する水準を、提供する側と受ける側で文書にして取り決めたもの。ITILでは、これをサービスレベル合意(service level agreement、SLA)と呼びます。そして8月の実績「中断0回」のように、合意した目標に対して実際にどうだったかを測った値が、サービスレベル(service level)です。
8月の報告書は、また全部緑になりました。今度は経理部長が付けた緑です。部長は序のときと同じように、報告書を二つに折って胸ポケットにしまいました。
8月の終わり、共通窓口に、件名のないメールが1通届きました。経理の若手の担当者からです。
「止まらなくなったのは本当にありがたいです。ただ、最近、精算がしんどいです。うまく言えないんですが」
SLAの表には、どこにも赤がありません。でも、このメールは赤い。リーダーは、精算システムにかかわる3つの席に、話を聞きに行きました。
「約束は守られています。締めは止まらない。それは評価しています。ただ、部下が疲れている。春に教わった言い方をすれば、締めが止まらずに終わるというアウトカムは手に入ったのに、残業せずに帰れるというアウトカムは、まだなんです。何が原因なのか、数字で言えないのがもどかしい」
見えていたもの:守られた約束と、減らない残業「6月にベンダーが画面を新しくしてから、保存のボタンの場所が変わったんです。新人がしょっちゅう押し間違えて、差し戻しが倍です。窓口に聞いたら、番号だけの返事はすぐ来ました。答えは2日後。止まっていないから、急ぎじゃない扱いなんだと思います」
見えていたもの:毎日さわる画面と、冷たい返事「精算システムに年いくら払っていて、情シスの手間がいくらかかっているのか。それで経理の残業が減っていないなら、何にお金を払っているのか分からない。それと、取引先から紙を減らす取り組みを聞かれることが増えた。精算はいまだに紙の領収書の山だろう」
見えていたもの:払っているお金と、会社の外からの目3人とも、SLAに不満があるわけではありません。不満があるのは、SLAに書いていない場所です。
SLAに書いたのは、全部「止まらないか」「早く戻るか」「早く返事するか」の数字でした。序で経理部が困っていたことを、そのまま約束にした。それ自体は正しい。でも、困りごとが「止まる」から「使いにくい」に移ったとき、SLAは何も知らせてくれなかった。守られた約束は、次の困りごとを隠すこともあるんです。
件名のないメールは、この回でただひとつの赤でした。SLAに不満のない席のうしろを見ると、子は怒っていません。黙って困っています。
子は人ではなく、席につく。言葉がきつくなるのは、うしろの子が何かを怖がっているとき。6体の紹介は地図に
「何が原因なのか、数字で言えないのがもどかしい」
怖いのは約束は守られているのに、部下が疲れている理由を言葉にできないこと
「止まっていないから、急ぎじゃない扱いなんだと思います」
怖いのは止まっていないというだけで、自分たちの困りごとが数に入らないこと
せきのこ ── 席のうしろの、小さな子たち
サービスの良さは、ひとつの物差しでは測れません。ITIL 5は、サービスの価値を4つの面に分けて見ます。価値の4つの特性です。精算システムに当てはめると、こうなりました。
有用性は何をしてくれるか(目的に適う:fit for purpose)。保証は約束どおりに動くか(使用に適う:fit for use。可用性・キャパシティ・セキュリティ・継続性)。ユーザー体験は使っていてどう感じるか。持続可能性は環境・社会・経済の面で長く責任を果たせるか。有用性と保証はITIL 4からあり、ITIL 5で残りの2つが加わった。
「止まらない」は保証。「保存ボタンが分かりにくい」はユーザー体験。「紙の山」は持続可能性。
経理部長が言った「数字で言えないのがもどかしい」は、半分当たっていて、半分違います。体験も、数字にはできる。ただ、測る場所が違う。
例:締めの3日間、中断0回
例:経理の担当者の9割が「締めの入力で迷わなかった」と答える
どんな行を足すかを相談していると、経理部長が言いました。「前に見せてもらった図がありましたね。先に重要成功要因を決めて、それを確かめるメトリクスを選ぶ。今度の成功要因は『迷わずに入力できること』でしょう。それなら数字は、本人たちに聞くしかない」
リーダーと経理部長は、SLAはそのまま残して、XLAの行を2つ足しました。毎月の締めのあと、経理の担当者全員に3問だけ聞く。「迷わず入力できたか」「差し戻しは何件あったか」「窓口の返事で困ったことはあったか」。
話を聞くうちに、もうひとつ見えてきました。番号だけの返事は、精算システムの画面をいくら直しても、冷たいままです。あれは、情シスとのやりとり全体の問題でした。
XLAは、技術的な数値だけでなく、利用者の体験そのものを目標にする合意。SLAは、サービスとその水準を文書で取り決めたもの。UXは、1つのプロダクトやサービスを使ったときの体験。CX(customer experience)は、顧客が組織との関係全体を通じて持つ体験。
保存ボタンの分かりにくさはUX。番号だけの返事や、画面変更の案内がなかったことは、情シスとの関係全体の体験=CXの話。
この夏、経理部と情シスの関係は、少し形を変えました。ITILは、提供する側と受ける側の関係の深さを、3つのタイプで説明しています。
協働的な関係は、まだ先です。経理部が情シスの予算や人員の悩みまで一緒に引き受けるところまでは来ていない。それでも、序で「言いに来るのも、今日で最後にしようと思って」と言っていた経理部長が、毎月の振り返りに自分から部下を連れてくるようになりました。メールをくれた若手の担当者も、その中にいます。
SLAはそのまま残し、体験の2行を足しました。経理部とのつきあい方も、一段変わりました。2体の子に置かれたしくみは、どちらも「約束」と「関係」のしくみです。
怖がっていたこと約束は守られているのに、部下が疲れている理由を言葉にできないこと
怖がっていたこと止まっていないというだけで、自分たちの困りごとが数に入らないこと
黙って困る子は、報告書の数字には出てきません。出てくるのは、件名のないメールのような、小さな声だけです。その声を拾える場所を、約束と関係の中に作っておく。それがこの回のしくみでした。
番号と分類はITIL 4の並べ方です。ITIL 5の試験で押さえるのは「プラクティス=資源のまとまり」と2つのグループまで。
せきのこ ── 席のうしろの、小さな子たち
若手の担当者のメールは、「止まらなくなったのは本当にありがたいです」という一文から始まっていました。締めが止まらなくなって、ようやく保存ボタンの場所に目が向いた。困りごとが「止まる」から「使いにくい」に移ったのは、春の正解「相手の側の結果を、相手と一緒に数える」がうまくいったからです。
序の経理部は、メモ帳で黙って自衛していました。件名のないメールも、「うまく言えないんですが」で終わっていました。どちらも、文句と呼べるほどの声ではありません。文句が来ないことは、うまくいっている証拠にはならない。聞きに行って、初めて分かります。
| サービスレベル合意service level agreement(SLA) | 必要なサービスと、期待する水準を文書で取り決めたもの |
| サービスレベルservice level | 合意した目標に対して、期待される・達成された実績を測るもの(測った値) |
| サービス品質service quality | ニーズを満たすことに関わる、サービスの特性の全体 |
| 価値の4つの特性utility / warranty / UX / sustainability | 有用性(fit for purpose)、保証(fit for use)、ユーザー体験、持続可能性 |
| XLAexperience level agreement | 利用者の体験そのものを目標にする合意 |
| UXとCXuser experience / customer experience | 1つのプロダクトの体験/関係全体の体験 |
| 関係の3タイプbasic / cooperative / collaborative | 浅い順に、基本的→協調的→協働的 |
もっと詳しく:ITIL 5 解説ガイド(プロダクトとサービスの管理/体験・戦略・変革/サービス関係)
Q1. 経理の担当者は「画面が新しくなって保存ボタンの場所が変わり、新人の押し間違いで差し戻しが倍になった」と話した。SLAの数字はすべて達成していた。この困りごとは、価値の4つの特性のどれに関わるか。
C。使っていてどう感じるかは、ユーザー体験です。SLAが約束していた「止まらない」「入力が消えない」は保証(fit for use)、何をしてくれるかが有用性(fit for purpose)で、この2つの入れ替えは定番のひっかけです。ITIL 4では、価値の特性は有用性と保証の2つでした。ITIL 5で、ユーザー体験と持続可能性が加わっています。
Q2. リーダーと経理部長は、SLAを残したまま「経理の担当者の9割が『締めの入力で迷わなかった』と答える」という目標を足した。この目標を何と呼ぶか。
C。XLAは、使う人の体験そのものを目標にする合意で、使う人に聞いて測ります。SLAは技術的な水準を取り決めた文書、サービスレベルは目標に対して測った値、サービス品質はニーズを満たすことに関わる特性の全体です。番号だけの返事のように、情シスとのやりとり全体で受ける体験は、カスタマー体験(CX)と呼びます。