目次

緑の報告書、赤い顔

約束は全部守った。それなのに、経理の担当者たちは疲れた顔をしていた。

票番号08-009
報告者経理部
件名(件名なし)「最近、精算がしんどいです」
状態調査中
前回の名前、思い出せますか?(開くと答え)

見る角度は4つ=組織と人材・パートナーとサプライヤー・情報と技術・バリューストリームとプロセス。仕事をするための資源のまとまり=management practice(人・プロセス・ツール・情報・パートナー)。序で出てきた3つの席、決める人=customer、使う人=user、お金を承認する人=sponsor。

FIRST赤を書く欄が、約束の表になかった

約束を文書にすると、文書に書いていないことが、
見えなくなります。

序では、緑の報告書が相手の側を数えていない、という話をしました。夏になって、この会社は「相手の側の数字」を、約束として文書にします。数字にした約束は、相手のどこまでを守れるのか。

SCENE約束を、文書にする

7月の終わり、経理部長と情シスで、精算システムについての約束を1枚の文書にまとめました。序で月次報告に足した「締めは止まらずに終わったか」の行を、正式な約束にしたものです。

経費精算システムについての取り決め(経理部と情シス)

項目目標8月の実績
締めの3営業日、止まらずに使えること中断0回0回
止まったときに戻すまでの時間30分以内該当なし
問い合わせへの最初の返事1営業日以内平均0.6日
月次報告で経理部長が判定毎月実施
図1 はじめて相手と一緒に作った約束。8月は、すべて目標を達成した。

必要なサービスと、期待する水準を、提供する側と受ける側で文書にして取り決めたもの。ITILでは、これをサービスレベル合意(service level agreement、SLA)と呼びます。そして8月の実績「中断0回」のように、合意した目標に対して実際にどうだったかを測った値が、サービスレベル(service level)です。

8月の報告書は、また全部緑になりました。今度は経理部長が付けた緑です。部長は序のときと同じように、報告書を二つに折って胸ポケットにしまいました。

VOICE件名のないメール

8月の終わり、共通窓口に、件名のないメールが1通届きました。経理の若手の担当者からです。

「止まらなくなったのは本当にありがたいです。ただ、最近、精算がしんどいです。うまく言えないんですが」

SLAの表には、どこにも赤がありません。でも、このメールは赤い。リーダーは、精算システムにかかわる3つの席に、話を聞きに行きました。

経理部長(顧客)

「約束は守られています。締めは止まらない。それは評価しています。ただ、部下が疲れている。春に教わった言い方をすれば、締めが止まらずに終わるというアウトカムは手に入ったのに、残業せずに帰れるというアウトカムは、まだなんです。何が原因なのか、数字で言えないのがもどかしい」

見えていたもの:守られた約束と、減らない残業
経理の担当者(ユーザー)

「6月にベンダーが画面を新しくしてから、保存のボタンの場所が変わったんです。新人がしょっちゅう押し間違えて、差し戻しが倍です。窓口に聞いたら、番号だけの返事はすぐ来ました。答えは2日後。止まっていないから、急ぎじゃない扱いなんだと思います」

見えていたもの:毎日さわる画面と、冷たい返事
管理本部長(スポンサー)

「精算システムに年いくら払っていて、情シスの手間がいくらかかっているのか。それで経理の残業が減っていないなら、何にお金を払っているのか分からない。それと、取引先から紙を減らす取り組みを聞かれることが増えた。精算はいまだに紙の領収書の山だろう」

見えていたもの:払っているお金と、会社の外からの目
読み解き

3人とも、SLAに不満があるわけではありません。不満があるのは、SLAに書いていない場所です。

SLAに書いたのは、全部「止まらないか」「早く戻るか」「早く返事するか」の数字でした。序で経理部が困っていたことを、そのまま約束にした。それ自体は正しい。でも、困りごとが「止まる」から「使いにくい」に移ったとき、SLAは何も知らせてくれなかった。守られた約束は、次の困りごとを隠すこともあるんです。

BEHIND赤のない報告書の裏で、子は黙って困っていた

うしろを見る

件名のないメールは、この回でただひとつの赤でした。SLAに不満のない席のうしろを見ると、子は怒っていません。黙って困っています。

子は人ではなく、席につく。言葉がきつくなるのは、うしろの子が何かを怖がっているとき。6体の紹介は地図に

本社
経理部長(顧客)

「何が原因なのか、数字で言えないのがもどかしい」

もやすけ未翻訳

怖いのは約束は守られているのに、部下が疲れている理由を言葉にできないこと

本社
経理の担当者(ユーザー)

「止まっていないから、急ぎじゃない扱いなんだと思います」

ぽつん面子

怖いのは止まっていないというだけで、自分たちの困りごとが数に入らないこと

せきのこ ── 席のうしろの、小さな子たち

FOURサービスの良さを、4つに分けて見る

サービスの良さは、ひとつの物差しでは測れません。ITIL 5は、サービスの価値を4つの面に分けて見ます。価値の4つの特性です。精算システムに当てはめると、こうなりました。

良い

有用性

utility / fit for purpose何をしてくれるか。経費を申請し、承認し、仕訳まで流せる
良い

保証

warranty / fit for use約束どおりに動くか。締めの日も止まらない、入力が消えない。SLAが見ていたのはここだけ
悪い

ユーザー体験

user experience(UX)使っていてどう感じるか。保存ボタンが分かりにくく、差し戻しが倍
途中

持続可能性

sustainability長く責任を果たせるか。紙の領収書がまだ山になっている
図2 SLAは保証の特性だけを約束していた。経理の担当者の「しんどい」はユーザー体験から、管理本部長の「紙の山」は持続可能性から来ていた。
価値の4つの特性
utility / warranty / user experience / sustainability

有用性は何をしてくれるか(目的に適う:fit for purpose)。保証は約束どおりに動くか(使用に適う:fit for use。可用性・キャパシティ・セキュリティ・継続性)。ユーザー体験は使っていてどう感じるか。持続可能性は環境・社会・経済の面で長く責任を果たせるか。有用性と保証はITIL 4からあり、ITIL 5で残りの2つが加わった。

「止まらない」は保証。「保存ボタンが分かりにくい」はユーザー体験。「紙の山」は持続可能性。

EXP数字で約束するか、体験で約束するか

経理部長が言った「数字で言えないのがもどかしい」は、半分当たっていて、半分違います。体験も、数字にはできる。ただ、測る場所が違う。

SLA

service level agreement技術的な水準を目標にする

例:締めの3日間、中断0回

XLA

experience level agreement使う人の体験そのものを目標にする

例:経理の担当者の9割が「締めの入力で迷わなかった」と答える

図3 SLAはシステムの側で測る。XLAは使う人に聞いて測る。

どんな行を足すかを相談していると、経理部長が言いました。「前に見せてもらった図がありましたね。先に重要成功要因を決めて、それを確かめるメトリクスを選ぶ。今度の成功要因は『迷わずに入力できること』でしょう。それなら数字は、本人たちに聞くしかない」

リーダーと経理部長は、SLAはそのまま残して、XLAの行を2つ足しました。毎月の締めのあと、経理の担当者全員に3問だけ聞く。「迷わず入力できたか」「差し戻しは何件あったか」「窓口の返事で困ったことはあったか」。

話を聞くうちに、もうひとつ見えてきました。番号だけの返事は、精算システムの画面をいくら直しても、冷たいままです。あれは、情シスとのやりとり全体の問題でした。

精算システムの画面
UX
窓口の返事 月次報告の分かりやすさ 関係全体=CX 画面が変わるときの案内 説明会・問い合わせの受け方
図4 内側の円が、ひとつのプロダクトを使ったときの体験。外側の円が、顧客が情シスとのすべてのやりとりで受ける体験。
XLAとSLA、UXとCX
experience level agreement / customer experience

XLAは、技術的な数値だけでなく、利用者の体験そのものを目標にする合意。SLAは、サービスとその水準を文書で取り決めたもの。UXは、1つのプロダクトやサービスを使ったときの体験。CX(customer experience)は、顧客が組織との関係全体を通じて持つ体験。

保存ボタンの分かりにくさはUX。番号だけの返事や、画面変更の案内がなかったことは、情シスとの関係全体の体験=CXの話。

補足|言葉の区別サービス品質(service quality)は、ニーズを満たすことに関わるサービスの特性の全体。サービスレベルは、目標に対して測った値。SLAは、それを取り決めた文書。「特性の全体/測った値/文書」と覚えると混ざらない。

RELATION頼まれたら直す関係から、一緒に目標を持つ関係へ

この夏、経理部と情シスの関係は、少し形を変えました。ITILは、提供する側と受ける側の関係の深さを、3つのタイプで説明しています。

basic

基本的

取引が中心。頼まれたら直す。情報は必要な分だけ。リスクはそれぞれが持つ
春までの経理部と情シス
cooperative

協調的

共通の目標に向けて連携する。リスクと報酬はほぼ別々だが、努力は合わせる
SLAとXLAを一緒に作った今
collaborative

協働的

密に統合されたパートナー。情報は常にオープンに共有し、リスクと報酬を分かち合う
まだ先
図5 関係の3タイプは、浅い順に基本的→協調的→協働的。いまの位置に枠を付けた。

協働的な関係は、まだ先です。経理部が情シスの予算や人員の悩みまで一緒に引き受けるところまでは来ていない。それでも、序で「言いに来るのも、今日で最後にしようと思って」と言っていた経理部長が、毎月の振り返りに自分から部下を連れてくるようになりました。メールをくれた若手の担当者も、その中にいます。

RELIEF小さな声の置き場所を、約束の中に作る

しくみを置く

SLAはそのまま残し、体験の2行を足しました。経理部とのつきあい方も、一段変わりました。2体の子に置かれたしくみは、どちらも「約束」と「関係」のしくみです。

経理部長(顧客)のうしろのもやすけ

怖がっていたこと約束は守られているのに、部下が疲れている理由を言葉にできないこと

No.29|ITIL 4の分類:サービス管理
サービスレベル管理
Service level management
目的
事業に基づく明確な目標を決め、それに対して提供の状況を評価し、管理する
この話では
事業に基づく目標として、止まらないかに加え、迷わず入力できたかも約束に入れ、毎月一緒に評価する
ほっとしたのは
約束に足した体験の2行。締めのあとの3問で、疲れが数字になる
経理の担当者(ユーザー)のうしろのぽつん

怖がっていたこと止まっていないというだけで、自分たちの困りごとが数に入らないこと

No.10|ITIL 4の分類:一般管理
関係管理
Relationship management
目的
組織と関係者のつながりを、戦略と戦術のレベルで築き、育てる
この話では
頼まれたら直す関係から、経理と一緒に目標を持つ関係へ一段進めた
ほっとしたのは
番号だけの返事で終わらせず、困りごとを一緒に見に来てくれる関係

黙って困る子は、報告書の数字には出てきません。出てくるのは、件名のないメールのような、小さな声だけです。その声を拾える場所を、約束と関係の中に作っておく。それがこの回のしくみでした。

番号と分類はITIL 4の並べ方です。ITIL 5の試験で押さえるのは「プラクティス=資源のまとまり」と2つのグループまで。

せきのこ ── 席のうしろの、小さな子たち

SHIFT正解が、入れ替わる

若手の担当者のメールは、「止まらなくなったのは本当にありがたいです」という一文から始まっていました。締めが止まらなくなって、ようやく保存ボタンの場所に目が向いた。困りごとが「止まる」から「使いにくい」に移ったのは、春の正解「相手の側の結果を、相手と一緒に数える」がうまくいったからです。

この回で入れ替わった正解
正解
今までSLAの数字を守れば、約束を果たしたことになる
→
これから数字と一緒に、使う人の体験も約束し、聞いて確かめる
返事
今まで番号を付けて、早く返す
→
これから番号と一緒に、いつ答えられるかを書いて返す
価値観
今まで文句が来なければ、うまくいっている
→
これから文句を言えないだけかもしれない、と聞きに行く
ITILの言葉
今まで保証(warranty)だけをSLAで約束する。関係は基本的
→
これから4つの価値特性で見る。SLAにXLAを足す。UXとCXを分ける。関係は協調的へ

メンバーの仕事で変わること

  • 窓口の返事に、番号だけでなく、いつ答えるかを書く
  • 締めのあと、使った人に3問だけ聞いて集計する
  • ベンダーが画面を変えるときは、使う人に前もって案内する

その代わりに手に入るもの

  • 怒られる前に、困りごとが届く
  • 報告書の緑が、相手にとっても緑になる
  • 「何に払っているのか」に、体験の数字で答えられる

序の経理部は、メモ帳で黙って自衛していました。件名のないメールも、「うまく言えないんですが」で終わっていました。どちらも、文句と呼べるほどの声ではありません。文句が来ないことは、うまくいっている証拠にはならない。聞きに行って、初めて分かります。

残った問い 管理本部長の「紙の領収書の山」は、精算システムを直すだけでは片付きません。9月、管理本部長は情シスに言いました。「経費精算も、ほかの申請も、まとめて電子化できるクラウドのサービスに乗り換えられないか」。
候補を集めると、使いやすさも値段も飛び抜けた1社がありました。ところが、その会社に送った個人情報の取り扱いの覚書は、署名されずに返ってきました。

この回で付いた名前

サービスレベル合意service level agreement(SLA)必要なサービスと、期待する水準を文書で取り決めたもの
サービスレベルservice level合意した目標に対して、期待される・達成された実績を測るもの(測った値)
サービス品質service qualityニーズを満たすことに関わる、サービスの特性の全体
価値の4つの特性utility / warranty / UX / sustainability有用性(fit for purpose)、保証(fit for use)、ユーザー体験、持続可能性
XLAexperience level agreement利用者の体験そのものを目標にする合意
UXとCXuser experience / customer experience1つのプロダクトの体験/関係全体の体験
関係の3タイプbasic / cooperative / collaborative浅い順に、基本的→協調的→協働的

もっと詳しく:ITIL 5 解説ガイド(プロダクトとサービスの管理/体験・戦略・変革/サービス関係)

CHECK確かめる

Q1. 経理の担当者は「画面が新しくなって保存ボタンの場所が変わり、新人の押し間違いで差し戻しが倍になった」と話した。SLAの数字はすべて達成していた。この困りごとは、価値の4つの特性のどれに関わるか。

  1. A有用性 utility
  2. B保証 warranty
  3. Cユーザー体験 user experience
  4. D持続可能性 sustainability
答えを開く

C。使っていてどう感じるかは、ユーザー体験です。SLAが約束していた「止まらない」「入力が消えない」は保証(fit for use)、何をしてくれるかが有用性(fit for purpose)で、この2つの入れ替えは定番のひっかけです。ITIL 4では、価値の特性は有用性と保証の2つでした。ITIL 5で、ユーザー体験と持続可能性が加わっています。

Q2. リーダーと経理部長は、SLAを残したまま「経理の担当者の9割が『締めの入力で迷わなかった』と答える」という目標を足した。この目標を何と呼ぶか。

  1. Aサービスレベル service level
  2. Bサービスレベル合意 service level agreement
  3. C体験レベル合意 experience level agreement
  4. Dサービス品質 service quality
答えを開く

C。XLAは、使う人の体験そのものを目標にする合意で、使う人に聞いて測ります。SLAは技術的な水準を取り決めた文書、サービスレベルは目標に対して測った値、サービス品質はニーズを満たすことに関わる特性の全体です。番号だけの返事のように、情シスとのやりとり全体で受ける体験は、カスタマー体験(CX)と呼びます。