使っていないはずのサーバーを止めた次の日、営業所の注文が消えた。
部品を作って確かめる=build、変更を本番に移す=transition(物差しは本番に持ち込んだエラー)。少しずつ変える=change、根本から変える=transformation、いつもどおり回す=BAU。出せる状態を保ち人が出す=continuous delivery、自動で出す=continuous deployment。
台帳があっても、仕組みがあるとは限りません。
Excelは、仕組みの部品のひとつにすぎない。
夏の話は、「詳しい人が覚えている」を「誰が見ても分かる」に入れ替える話です。そう聞くと、「なら台帳を作ろう」となりがちです。ところが、この会社には台帳がありました。それでも事故は起きた。この回は、台帳と仕組みの違いの話です。
7月、管理本部長から情シス課長に宿題が出ました。「クラウドの費用が毎年増えている。使っていないものは止めてほしい」
利用状況を洗い出すと、ひとつ目立つサーバーがありました。名前は「旧_予備」。月に4万円かかっているのに、負荷のグラフはほぼ床に張りついている。画面を見ながら、インフラ担当が言いました。「たぶん、もう使ってないです」
第3話で作った変更カードを、ちゃんと書きました。何を変えるか:停止。なぜ:費用削減。影響する範囲の欄には、こう書いた。「なし(使用実績なし)」。課長が了承して、サーバーは止められました。
次の日、北関東営業所から窓口に連絡が入ります。「得意先からFAXで来た注文が、共有フォルダに出てこないんです」
調べると、営業所に届くFAXの注文は、FAXサービスの会社から「旧_予備」に送られ、そこでPDFに変換されて、営業所の共有フォルダに置かれていました。3つの営業所の事務の人たちは、そのPDFを見て出荷指示を作っている。止まった間、注文は誰の目にも入らず、たまっていました。
変更カードの「なし(使用実績なし)」という一行を、リーダーはしばらく見ていました。手順どおりに書かれ、手順どおりに了承された一行です。救いは、同じカードに戻し方も書いてあったことでした。サーバーを動かし直すまで15分。たまっていた注文も、すぐに流れ出しました。第3話の教訓は効いた。ただ、もっと手前の問いが残ります。なぜ、誰も知らなかったのか。
リーダーが「サーバーの一覧ってないんですか」と聞くと、インフラ担当が共有フォルダの奥からファイルを出してきました。
| 名前 | 用途 | 状態 | 担当 |
|---|---|---|---|
| SV-01 | 基幹(受注・出荷) | 稼働 | インフラ |
| SV-04 | 精算 | 稼働 | ベンダー |
| 旧_予備 | (空欄) | 予備 | (空欄) |
| … | … | … | … |
「旧_予備」の状態欄には「予備」とあります。リーダーは試しに、3人に「この『予備』って、どういう意味ですか」と聞いてみました。
使ってない。止めていいやつ
本番が壊れたときに切り替える先、だと思ってた
誰かが試しに何か動かしてる、って聞いたことがあります
台帳に書いてあることが、読む人によって違う意味になる。これは台帳がないより、ある意味で怖い状態です。ないなら誰かに聞く。あると、自分の読み方で安心してしまう。
3年前、誰かがまじめに作った台帳でした。ところが、作った人がいなくなり、更新する人も、更新するきっかけも決まっていなかった。「予備」という言葉の意味も、作った人の頭の中にしかなかった。台帳は、作った日から少しずつ嘘になっていきます。
FAXをPDFにする仕組みを作ったのは、5年前に情シスにいた人でした。当時の営業本部長から、個人的に頼まれた。「FAXの紙が営業所に散らばって困っている。なんとかならないか」
その人は、空いていたサーバーに小さな仕組みを作りました。うまく動いた。営業所の人たちは喜んだ。そして、その人が辞めたあとも、仕組みは5年間、黙って毎日動き続けていました。誰の台帳にも載らずに。
困っている人のために、頼まれた人が工夫した。第1話の「個人あてのチャットでその場で片付ける」の、いちばんうまくいった形です。ただ、うまくいった個人の工夫ほど、誰にも知られないまま会社の業務の一部になっていく。
月4万円の「予備」を止めた判断には、4つの席が関わっていました。止めてほしいと言った席、止めた席、止められた席、そして全体を見るはずだった席です。
子は人ではなく、席につく。言葉がきつくなるのは、うしろの子が何かを怖がっているとき。6体の紹介は地図に
「クラウドの費用が毎年増えている。使っていないものは止めてほしい」
怖いのは何にいくら払っているのか分からないまま、毎年の枠が膨らむこと
「負荷はほぼゼロです。使っていないはずなんです」
怖いのは止めたら、ほかに何が止まるのか、どこにも書いていないこと
「得意先からFAXで来た注文が、共有フォルダに出てこないんです」
怖いのはうちが毎日頼っているものが、うちに聞かれないまま止められること
「FAXの会社から、うちのサーバーにデータが来ていたなんて……」
怖いのは外の会社に任せている部分まで含めて、土台の全体が見えないまま決めること
せきのこ ── 席のうしろの、小さな子たち
「使っていない」と判断した根拠は、処理の負荷がほぼゼロだったことです。FAXの注文は1日に数十枚。サーバーにとっては、ほとんど仕事をしていないのと同じでした。
ところが、別の角度から眺めると、このサーバーはまったく違う姿をしています。ITILは、どんなプロダクトやサービスも、4つの角度から全体的に見ることをすすめています。これを4つの側面(four dimensions)と呼びます。
なぜ、情報と技術の側面だけを見てしまうのか。そこだけが、画面に数字で出てくるからです。負荷のグラフは管理画面を開けば見える。でも、誰がそのサーバーに頼っているか、どの外部の会社がそこへデータを送ってくるか、どの業務の流れの途中にあるかは、どの画面にも出てこない。
見えるものだけで判断すると、いちばん見えないところで止まる。4つの側面は、画面に出てこない3つを、思い出させるための道具です。
プロダクトやサービスを見るための4つの角度。組織と人材(提供者自身の人:役割、体制、文化、スキル)、パートナーとサプライヤー(外部の組織との関係と契約)、情報と技術(必要な情報と知識、使う技術)、バリューストリームとプロセス(活動を価値につなげる流れ)。どれか1つでは足りず、全体的に見る。
「旧_予備」を止めた判断は、情報と技術の側面だけで下されていた。
リーダーは、最初にこう言いました。「新しい台帳を作りましょう。今度はちゃんと全部書いて」
インフラ担当が、静かに答えました。「3年前も、そうやって作ったんです」
続けようとした言葉を、リーダーは飲み込みました。
3年前の台帳が駄目になったのは、書き方が悪かったからではありません。台帳という道具はあったのに、それを生かし続ける残りの部品がなかったからです。
ITILは、仕事をしたり目的を果たしたりするための、組織の資源のまとまりを管理プラクティス(management practice)と呼びます。資源には、人、プロセス、ツール、情報、パートナーなどが含まれる。手順書のことでも、ツールのことでもありません。そのまとまり全体のことです。
そこで今度は、5つを全部そろえることにしました。
台帳が「記録しておくもの」から、「止めていいかを判断するときに使うもの」に変わる。使われる台帳は、古くなりにくくなります。
仕事を行う、または目的を果たすための、組織の資源のまとまり。資源には人、プロセス、ツール、情報、パートナーなどが含まれる。作業手順書のことではない。プラクティスはバリューチェーンの活動に資源を与え、バリューストリームの中で使われる。
Excelの台帳はツールでしかなかった。持ち主・更新の流れ・言葉の定義・外部からの知らせがそろって、初めて「何がどこにつながっているかを把握する」プラクティスになる。
リーダーは、この仕組みを作るときに、ITILのプラクティス・ガイドを参考にしました。ITILプラクティス・ガイド(ITIL Practice Guide)は、1つのプラクティスについての詳しい手引きです。すべてのガイドが同じ形で、目的と主要な用語、そして4つの側面にそって書かれている。さっきサーバーを見た4つの角度が、ここでも骨組みになっているわけです。
また、ITIL 5はプラクティスを2つのグループに分けています。
「旧_予備」の件のあと、リーダーはチームと、営業本部・経理・工場の事務の人たちに、ひとつお願いをしました。「個人的に頼まれて作って、今も動いているものがあったら教えてください。申告しても、誰も責めません。止めもしません。台帳に載せて、持ち主を決めるだけです」
集まったのは14件でした。
この14件のどれかが、いつ「旧_予備」と同じことを起こしてもおかしくなかった。とはいえ、ひとつひとつは誰かの親切から生まれています。だから「勝手に作るな」と取り締まっても、たぶん地下に潜るだけです。申告しても損をしないようにして、明るい場所に出してもらうほうがいい。
この回では、ITILの管理プラクティスという言葉が出てきました。人・手順・道具・情報・外の会社のまとまりです。子の側から見ると、プラクティスは「その席の子を、ふだんから落ち着かせておくしくみ」でもあります。
怖がっていたこと何にいくら払っているのか分からないまま、毎年の枠が膨らむこと
怖がっていたこと止めたら、ほかに何が止まるのか、どこにも書いていないこと
怖がっていたことうちが毎日頼っているものが、うちに聞かれないまま止められること
同じ「台帳」でも、お金と一生を見るのが資産、つながりを見るのが構成、土台を外の会社の分まで含めて見るのがインフラとプラットフォーム。見る角度が違えば、持つべき情報も違います。
怖がっていたこと外の会社に任せている部分まで含めて、土台の全体が見えないまま決めること
同じ「台帳」でも、お金を見る、つながりを見る、一生を見る、土台を見る、と見る角度が4つありました。Excelは1冊でも、しくみは4つ要ったわけです。
番号と分類はITIL 4の並べ方です。ITIL 5の試験で押さえるのは「プラクティス=資源のまとまり」と2つのグループまで。
せきのこ ── 席のうしろの、小さな子たち
費用を減らす宿題を受けて、インフラ担当が開いた画面では、負荷のグラフがほぼ床に張りついていました。台帳には「予備」の2文字。これで月4万円を払い続けるほうが、よほど説明に困ったはずです。5年前の情シスの人も、FAXの紙に困っている営業所のために、自分にできる工夫をしただけでした。
二人とも、自分の手元の情報では正しい判断をしていた。その手元と手元のあいだをつなぐ情報だけが、この会社のどこにもなかったのです。
| 4つの側面four dimensions | 組織と人材/パートナーとサプライヤー/情報と技術/バリューストリームとプロセス。全体的に見る |
| 組織と人材organizations and people | 提供者自身の人の面。役割と責任、体制、文化、能力、スキル |
| パートナーとサプライヤーpartners and suppliers | サービスに関わる外部の組織との関係と、それを決める契約・合意 |
| 情報と技術information and technology | 必要な情報と知識、サービスの中や管理に使う技術 |
| バリューストリームとプロセスvalue streams and processes | 組織の活動を、価値を生むようにどう連携させるか |
| 管理プラクティスmanagement practice | 仕事を行うための組織の資源(人・プロセス・ツール・情報・パートナーなど)のまとまり。手順書ではない |
| 2つのグループgeneral management / product and service management practices | 一般的な経営管理から取り入れたもの/デジタル・プロダクトとサービスのために特に作られたもの |
| プラクティス・ガイドITIL Practice Guide | 1つのプラクティスの詳しい手引き。目的と主要な用語、4つの側面にそって構成 |
もっと詳しく:ITIL 5 解説ガイド(4つの側面/管理プラクティス)
Q1. 「旧_予備」は、負荷のグラフがほぼゼロだったので止められた。ところが、FAXサービスの会社が毎日このサーバーへ注文を送っていた。4つの側面で見たとき、判断に使っていた側面と、FAXサービスの会社のことを見落としていた側面の組み合わせはどれか。
A。負荷やメモリは情報と技術(information and technology)の側面です。外部の組織との関係と契約は、パートナーとサプライヤー(partners and suppliers)の側面にあたります。営業所の事務3人が頼っていたことは組織と人材、注文が出荷指示まで流れる道筋はバリューストリームとプロセスの側面で、4つは全体的に見ます。ITIL 4での呼び名は「サービスマネジメントの4つの側面」、ITIL 5では「プロダクトとサービス管理の4つの側面」です。
Q2. 3年前に作られたサーバー一覧は、作った日から古くなっていった。管理プラクティス(management practice)の考え方で、その理由をもっともよく説明しているものはどれか。
B。管理プラクティスは、仕事を行うための組織の資源(人・プロセス・ツール・情報・パートナーなど)のまとまりで、手順書やツールそのものではありません。ITIL 5のプラクティスは、一般管理プラクティスと、プロダクトとサービスの管理プラクティスの2つのグループに分かれます(ITIL 4では、一般管理・サービス管理・技術管理の3つのグループでした)。