要望は20件。できるのは4つ。どれをやるかを決めるのは、情シスの仕事なのか。
どんな状況にも当てはまる推奨=guiding principles(7つ、組み合わせて使う)。前回効いた3つ=focus on value・start where you are・collaborate and promote visibility。4つの側面は、どれか1つだけでは足りない。
断る理由を、情シスが一人で背負っている会社は、
選ぶ役目を、間違った席に置いています。
4件を選んで、残りを断る。その役目は、ずっと一人の机に置かれていました。
11月、来年度の予算の季節。社長は、年初のあいさつと同じ言葉をまた口にしました。「DXを進めろ」。中身を聞き返した人は、いませんでした。
情シスには、各部から要望が届きはじめました。届き方は、やっぱり個人あてのチャットです。リーダーは、第1話と同じように共通窓口に転記してもらい、番号を付けて並べました。
情シスの人数で来年できるのは、せいぜい4つです。これまでは、情シス課長が選んでいました。選び方は、正直に言えば、声の大きい部と、社長に近い部からでした。
課長は、選ばれなかった部から毎年同じことを言われていました。「なぜうちのは後回しなんだ」。課長はそのたびに、理由を自分の言葉で説明し、恨まれ役を引き受けてきた。
選ぶ席、選ばれなかった席、「DX」と言われた席。予算の季節には、3つの席に別々の子がつきます。
子は人ではなく、席につく。言葉がきつくなるのは、うしろの子が何かを怖がっているとき。6体の紹介は地図に
「今年も、4つだけ選んで、16件に断りを入れるのか」
怖いのは20件を4つの枠に入れる役目を、断る理由ごと一人で背負うこと
「なぜうちのは後回しなんだ」
怖いのは自分の部の要望が、中身を聞かれないまま落とされること
「DXを進めろと言われても、うちは何をすればいいのか」
怖いのは「DX」の中身が分からないまま、要望を出せと言われること
せきのこ ── 席のうしろの、小さな子たち
リーダーは、課長と一緒に社長に時間をもらい、ひとつだけ聞きました。「DXを進めろ、の目的は何ですか。20件を選ぶ物差しがほしいんです」
社長は腕を組んだまま、すぐには答えませんでした。最初に出てきたのは、DXとは関係のなさそうな話でした。
「工場のパートさんが、毎年集まりにくくなっている。いまの人数で回せるのは、あと5年くらいだろう。10年後も、同じくらいの人数で、スーパーに唐揚げを届け続けられる会社にしておきたい。DXって言葉を使ったのは、それを一言で言いたかったからだ」
そして、少し間を置いて付け足しました。「毎日の出荷は、一日も止められない。止めずに、会社の回し方のほうを変えたいんだ」
リーダーが聞き返しました。「通常業務は止めずに、変革をする、ということですね」
「そういう言い方になるのか。そうだ」
「DXを進めろ」という言葉の中には、こんなに具体的な中身が入っていた。ただ、それが言葉になったのは、この日が初めてでした。
リーダーは社長の話を、3つの言葉に分けて書き留めました。
スーパーの惣菜売り場に、揚げるだけの唐揚げとコロッケを、毎日届ける
10年後も、同じくらいの人数で、届け続けられる会社
惣菜売り場で働く人と、夕飯を作る人の手間を減らすため
物差しはできた。社長室を出たところで、リーダーは課長に言いました。「これ、情シスが選ぶものじゃないと思います」
課長は足を止めて、少し間を置きました。「……じゃあ、誰が選ぶんだ」
ITILは、組織を方向づけ、統制することをガバナンス(governance)と呼び、その責任を負うのは取締役会のような統治機関だとしています。ガバナンスは「何を目指し、どんなルールで動くか」を決めて確かめる層。実際に仕事を計画して実行するのは、その下のマネジメントの層です。
経営会議で決めてもらう流れは、ガバナンスの3つの活動に沿って組みました。
組織を方向づけ、統制する手段。責任を負うのは統治機関(取締役会など)。日々のマネジメントより上の層で働く。活動は3つ。評価は状況を見極める、指示は戦略と方針を決め責任を割り当てる、モニタリングは実績が方針どおりかを確かめる。
経営会議が4件を選んだのが指示。四半期ごとの報告で方向どおりかを見るのがモニタリング。選ぶ材料を作って実行するのは、情シスのマネジメントの仕事。
経営会議は、ビジョンに照らして4件を選びました。取引先の注文のアプリ、工場の人員の割り振りの見える化、問い合わせ窓口のAI、残りの申請の電子化。どれも「少ない人数で回す」ことに直接効くものです。
選ばれなかった16件にも、1件ずつ理由が付きました。「ビジョンへの効き方が小さい」「先に別の案件の結果を見たい」「部の中の工夫で先にできる」。理由を書いたのは経営会議で、各部に伝えたのも経営会議でした。
会議のあと、情シス課長がぽつりと言いました。「断る理由を、自分で背負わなくてよかったのは、初めてだ」
ここまでの8か月で、この会社が少しずつ組み立ててきたものを並べると、ひとつの形になります。機会と需要を受け取って、価値に変える、組織全体の仕組みです。ITIL 5は、これをITILバリュー・システムと呼びます。
機会と需要を受け取り、価値に変えるための組織全体の仕組み。構成要素は5つ:従うべき原則、ガバナンス、バリューチェーン、管理プラクティス、継続的改善。互いに支え合い、どれか1つだけでは価値は安定して生まれない。ITIL 4では「サービス・バリュー・システム(SVS)」と呼ばれていた。
20件の要望と社長のビジョンが「機会と需要」。経営会議の選定がガバナンス。それを実行する8つの活動がバリューチェーン。
そして、20件の要望と社長の話から「本当に必要なものは何か」を見極めたことにも、名前があります。8つのライフサイクル活動の最初、発見(discover)です。環境や需要や機会を理解して、何が必要か、何を良くできるかを見極める。その成功は、需要や機会やニーズをどれだけ理解できているかで測ります。
経営会議は4件を選び、16件に理由を付けました。選ばれなかった部の子は、笑ってはいません。それでも、なぜ選ばれなかったのかが分かって、顔は上げました。
怖がっていたこと20件を4つの枠に入れる役目を、断る理由ごと一人で背負うこと
合計:0 / 10 人月 ビジョンへの効き:0
怖がっていたこと自分の部の要望が、中身を聞かれないまま落とされること
怖がっていたこと「DX」の中身が分からないまま、要望を出せと言われること
方向を決める、組み合わせを保つ、本当の必要を見極める。3つとも、情シスの手元だけでは置けないしくみです。置く場所が、経営会議の席と、各部の席にまたがっています。
番号と分類はITIL 4の並べ方です。ITIL 5の試験で押さえるのは「プラクティス=資源のまとまり」と2つのグループまで。
せきのこ ── 席のうしろの、小さな子たち
選ぶのは4件、断るのは16件。やったことの形は、課長が一人で選んでいた頃と変わりません。変わったのは、選んだ席と、断る理由の差出人です。去年まで、その両方を課長が一人で持っていました。誰も選ぶ役目を引き受けなかったから、空いた席に、責任感の強い人が座った。その誠実さが、毎年、課長をすり減らしていた。
| ガバナンスgovernance | 組織を方向づけ、統制する手段。責任は統治機関。マネジメントより上の層 |
| 評価・指示・モニタリングevaluate / direct / monitor | 状況を見極める/方針を決め責任を割り当てる/方針どおりかを確かめる |
| ITILバリュー・システムITIL value system | 機会と需要を価値に変える組織全体の仕組み。5つの構成要素からなる |
| 5つの構成要素guiding principles / governance / value chain / management practices / continual improvement | 従うべき原則、ガバナンス、バリューチェーン、管理プラクティス、継続的改善 |
| ミッション・ビジョン・パーパスmission / vision / purpose | いま何をしているか/将来どうなりたいか/誰のために、なぜ |
| 発見discover | ライフサイクル活動の1つ。需要や機会を理解し、何が必要かを見極める。成功は理解の深さで測る |
もっと詳しく:ITIL 5 解説ガイド(バリュー・システムの構成要素/ガバナンス/体験・戦略・変革)
Q1. 情シスは、20件それぞれがビジョンにどれだけ効くかを1枚にまとめて出した。それを受けて経営会議が4件を選び、1件ずつ責任者を決めた。経営会議がしたことは、ガバナンスのどの活動にあたるか。
B。方針を決め、責任を割り当てるのが指示です。四半期ごとの報告で方向どおりかを確かめるのがモニタリングで、この2つの入れ替えは定番のひっかけです。Dはガバナンスの活動ではなく、材料を作り、選ばれた4件を実行する情シスの側の仕事です。
Q2. この会社の1年を、ITILバリュー・システムとして見る。20件の要望と社長のビジョンは何にあたり、仕組み全体が最後に生み出すべきものは何か。
A。ガバナンスとバリューチェーンは、5つの構成要素(原則・ガバナンス・バリューチェーン・管理プラクティス・継続的改善)の一部です。4つの側面は構成要素ではありません。ITIL 4では、この仕組みを「サービス・バリュー・システム(SVS)」と呼んでいました。