目次

目的は、
誰が決めたのか

要望は20件。できるのは4つ。どれをやるかを決めるのは、情シスの仕事なのか。

票番号11-004
報告者経営会議
件名来年度のDX案件の選定
状態調査中
前回の名前、思い出せますか?(開くと答え)

どんな状況にも当てはまる推奨=guiding principles(7つ、組み合わせて使う)。前回効いた3つ=focus on value・start where you are・collaborate and promote visibility。4つの側面は、どれか1つだけでは足りない。

FIRSTいちばん誠実な人が、毎年恨まれていた

断る理由を、情シスが一人で背負っている会社は、
選ぶ役目を、間違った席に置いています。

4件を選んで、残りを断る。その役目は、ずっと一人の机に置かれていました。

SCENE20件の要望

11月、来年度の予算の季節。社長は、年初のあいさつと同じ言葉をまた口にしました。「DXを進めろ」。中身を聞き返した人は、いませんでした。

情シスには、各部から要望が届きはじめました。届き方は、やっぱり個人あてのチャットです。リーダーは、第1話と同じように共通窓口に転記してもらい、番号を付けて並べました。

取引先からの注文をアプリで営業本部 工場の人員の割り振りを見える化第二工場 問い合わせ窓口にAIを情シス・総務 残りの申請も電子化管理本部 AIで仕訳を自動化経理 社員のスキルを一覧に人事 契約書を電子で総務 営業日報をスマホで営業本部 工場の温度記録を自動で品質保証 ……ほか11件各部
図1 集まった20件。どれも、それぞれの部にとっては切実な要望だった。

情シスの人数で来年できるのは、せいぜい4つです。これまでは、情シス課長が選んでいました。選び方は、正直に言えば、声の大きい部と、社長に近い部からでした。

課長は、選ばれなかった部から毎年同じことを言われていました。「なぜうちのは後回しなんだ」。課長はそのたびに、理由を自分の言葉で説明し、恨まれ役を引き受けてきた。

BEHIND選ぶ席が空いていると、子は誰かの背中に乗る

うしろを見る

選ぶ席、選ばれなかった席、「DX」と言われた席。予算の季節には、3つの席に別々の子がつきます。

子は人ではなく、席につく。言葉がきつくなるのは、うしろの子が何かを怖がっているとき。6体の紹介は地図に

情シス
情シス課長

「今年も、4つだけ選んで、16件に断りを入れるのか」

わくもり予算・枠

怖いのは20件を4つの枠に入れる役目を、断る理由ごと一人で背負うこと

各部
選ばれなかった部の部長

「なぜうちのは後回しなんだ」

ぽつん面子

怖いのは自分の部の要望が、中身を聞かれないまま落とされること

各部
要望を出す部の部長

「DXを進めろと言われても、うちは何をすればいいのか」

もやすけ未翻訳

怖いのは「DX」の中身が分からないまま、要望を出せと言われること

せきのこ ── 席のうしろの、小さな子たち

ASK「DXの目的は、何ですか」

リーダーは、課長と一緒に社長に時間をもらい、ひとつだけ聞きました。「DXを進めろ、の目的は何ですか。20件を選ぶ物差しがほしいんです」

社長は腕を組んだまま、すぐには答えませんでした。最初に出てきたのは、DXとは関係のなさそうな話でした。

「工場のパートさんが、毎年集まりにくくなっている。いまの人数で回せるのは、あと5年くらいだろう。10年後も、同じくらいの人数で、スーパーに唐揚げを届け続けられる会社にしておきたい。DXって言葉を使ったのは、それを一言で言いたかったからだ」

そして、少し間を置いて付け足しました。「毎日の出荷は、一日も止められない。止めずに、会社の回し方のほうを変えたいんだ」

リーダーが聞き返しました。「通常業務は止めずに、変革をする、ということですね」

「そういう言い方になるのか。そうだ」

「DXを進めろ」という言葉の中には、こんなに具体的な中身が入っていた。ただ、それが言葉になったのは、この日が初めてでした。

リーダーは社長の話を、3つの言葉に分けて書き留めました。

ミッション

mission|いまスーパーの惣菜売り場に、揚げるだけの唐揚げとコロッケを、毎日届ける
いま何をしていて、なぜ存在するのか

ビジョン

vision|未来10年後も、同じくらいの人数で、届け続けられる会社
将来どうなりたいのか

パーパス

purpose|誰のために・なぜ惣菜売り場で働く人と、夕飯を作る人の手間を減らすため
関係者のために何をするのか、なぜか
図2 社長の話を、時間の向きで3つに分けた。ミッションは現在、ビジョンは未来、パーパスは誰のためか。

LAYER決める席と、やる席を分ける

物差しはできた。社長室を出たところで、リーダーは課長に言いました。「これ、情シスが選ぶものじゃないと思います」

課長は足を止めて、少し間を置きました。「……じゃあ、誰が選ぶんだ」

ITILは、組織を方向づけ、統制することをガバナンス(governance)と呼び、その責任を負うのは取締役会のような統治機関だとしています。ガバナンスは「何を目指し、どんなルールで動くか」を決めて確かめる層。実際に仕事を計画して実行するのは、その下のマネジメントの層です。

governance

ガバナンス|経営会議

会社の目的に照らして、20件のうちどれをやるかを決める。進み具合と結果を確かめる
management

マネジメント|情シス・各部

選ぶための材料を出す。選ばれたものを計画し、実行し、報告する
図3 これまでは、情シス課長が両方の席に座っていた。だから断るたびに恨まれた。

経営会議で決めてもらう流れは、ガバナンスの3つの活動に沿って組みました。

evaluate

評価

状況を見極める。20件それぞれが、ビジョン(10年後も同じ人数で届け続ける)にどれだけ効くかを、情シスが1枚にまとめて出す
direct

指示

方針を決める。経営会議が4件を選び、それぞれの責任者を決め、「今年はやらない」理由も一緒に決める
monitor

モニタリング

守られているか確かめる。情シスが四半期ごとに進み具合を報告し、経営会議が方向どおりかを見る
モニタリングの結果は、次の評価に戻る(評価→指示→モニタリング→評価)
図4 ガバナンスの3つの活動。頭文字をとってEDMとも呼ばれる。
ガバナンス
governance / evaluate, direct, monitor

組織を方向づけ、統制する手段。責任を負うのは統治機関(取締役会など)。日々のマネジメントより上の層で働く。活動は3つ。評価は状況を見極める、指示は戦略と方針を決め責任を割り当てる、モニタリングは実績が方針どおりかを確かめる。

経営会議が4件を選んだのが指示。四半期ごとの報告で方向どおりかを見るのがモニタリング。選ぶ材料を作って実行するのは、情シスのマネジメントの仕事。

CHOSEN選ばれた4件と、選ばれなかった16件

経営会議は、ビジョンに照らして4件を選びました。取引先の注文のアプリ、工場の人員の割り振りの見える化、問い合わせ窓口のAI、残りの申請の電子化。どれも「少ない人数で回す」ことに直接効くものです。

選ばれなかった16件にも、1件ずつ理由が付きました。「ビジョンへの効き方が小さい」「先に別の案件の結果を見たい」「部の中の工夫で先にできる」。理由を書いたのは経営会議で、各部に伝えたのも経営会議でした。

会議のあと、情シス課長がぽつりと言いました。「断る理由を、自分で背負わなくてよかったのは、初めてだ」

SYSTEM会社全体を、ひとつの仕組みとして見る

ここまでの8か月で、この会社が少しずつ組み立ててきたものを並べると、ひとつの形になります。機会と需要を受け取って、価値に変える、組織全体の仕組みです。ITIL 5は、これをITILバリュー・システムと呼びます。

機会と需要
20件の要望
社長のビジョン
従うべき原則guiding principles第1・7話の原則
ガバナンスgovernance経営会議の評価・指示・モニタリング
バリューチェーンvalue chain8つの活動
管理プラクティスmanagement practices窓口、台帳、カード
継続的改善continual improvementまだ形になっていない
価値
図5 バリュー・システムの5つの構成要素。入力は機会と需要、出力は価値。この会社では、継続的改善だけがまだ形になっていない。
ITILバリュー・システム
ITIL value system / opportunity and demand

機会と需要を受け取り、価値に変えるための組織全体の仕組み。構成要素は5つ:従うべき原則、ガバナンス、バリューチェーン、管理プラクティス、継続的改善。互いに支え合い、どれか1つだけでは価値は安定して生まれない。ITIL 4では「サービス・バリュー・システム(SVS)」と呼ばれていた。

20件の要望と社長のビジョンが「機会と需要」。経営会議の選定がガバナンス。それを実行する8つの活動がバリューチェーン。

そして、20件の要望と社長の話から「本当に必要なものは何か」を見極めたことにも、名前があります。8つのライフサイクル活動の最初、発見(discover)です。環境や需要や機会を理解して、何が必要か、何を良くできるかを見極める。その成功は、需要や機会やニーズをどれだけ理解できているかで測ります。

RELIEF断る理由は、もう課長ひとりの荷物ではない

しくみを置く

経営会議は4件を選び、16件に理由を付けました。選ばれなかった部の子は、笑ってはいません。それでも、なぜ選ばれなかったのかが分かって、顔は上げました。

情シス課長のうしろのわくもり

怖がっていたこと20件を4つの枠に入れる役目を、断る理由ごと一人で背負うこと

No.8|ITIL 4の分類:一般管理
ポートフォリオ管理
Portfolio management
目的
限られたお金と人の中で戦略を実行できるよう、取り組みの組み合わせを適切に保つ
この話では
限られた人とお金の中で、取り組みの組み合わせを経営会議で決め、四半期ごとに確かめる
ほっとしたのは
経営会議がビジョンに照らして選び、四半期ごとに見直す流れ

体験来年の取り組みを選んでみる(合計10人月まで)

合計:0 / 10 人月 ビジョンへの効き:0

選ばれなかった部の部長のうしろのぽつん

怖がっていたこと自分の部の要望が、中身を聞かれないまま落とされること

No.16|ITIL 4の分類:サービス管理
事業分析
Business analysis
目的
事業を分析してニーズを定義し、課題を解く方法を提案する。変える理由と解決策を形にする
この話では
20件の要望を、本当に必要なものは何かという目で分析し、選ばなかった理由も1件ずつ書いた
顔を上げたのは
16件にも1件ずつ付いた理由。要望の中身を聞いてから比べてもらえたこと
要望を出す部の部長のうしろのもやすけ

怖がっていたこと「DX」の中身が分からないまま、要望を出せと言われること

No.12|ITIL 4の分類:一般管理
戦略管理
Strategy management
目的
目標を決め、そこへ向かう行動と資源の配分を決める。方向・集中・優先順位を与える
この話では
「DXを進めろ」の中身を、10年後も同じ人数で届け続けるという方向として言葉にし、20件を選ぶ物差しにした
ほっとしたのは
社長の話を、ミッション・ビジョン・パーパスに分けた物差し

方向を決める、組み合わせを保つ、本当の必要を見極める。3つとも、情シスの手元だけでは置けないしくみです。置く場所が、経営会議の席と、各部の席にまたがっています。

番号と分類はITIL 4の並べ方です。ITIL 5の試験で押さえるのは「プラクティス=資源のまとまり」と2つのグループまで。

せきのこ ── 席のうしろの、小さな子たち

SHIFT正解が、入れ替わる

選ぶのは4件、断るのは16件。やったことの形は、課長が一人で選んでいた頃と変わりません。変わったのは、選んだ席と、断る理由の差出人です。去年まで、その両方を課長が一人で持っていました。誰も選ぶ役目を引き受けなかったから、空いた席に、責任感の強い人が座った。その誠実さが、毎年、課長をすり減らしていた。

この回で入れ替わった正解
正解
今まで頼まれたものを、声の大きい順にやる
→
これから会社の目的に照らして経営が選び、情シスは実行して報告する
断る
今まで断るのは情シス課長。理由は課長の言葉
→
これから選ぶのは経営会議。理由も一緒に決めて伝える
価値観
今まで全部の要望に、なんとか応えるのが良い情シス
→
これから選ぶための材料を出せるのが良い情シス
ITILの言葉
今までガバナンスとマネジメントが同じ席にある
→
これから統治機関が評価・指示・モニタリング。目的はミッション・ビジョン・パーパスで言葉にする。発見(discover)で需要を見極める

メンバーの仕事で変わること

  • 要望を受けたら、ビジョンへの効き方を1行添えて並べる
  • 四半期ごとに、選ばれた4件の進み具合を経営会議に出す
  • 選ばれなかった要望にも、番号と理由を残しておく

その代わりに手に入るもの

  • 断る役を、一人で背負わなくていい
  • 「なぜうちは後回し」に、会社の言葉で答えられる
  • 選ばれた仕事を、迷わず進められる
残った問い 12月。選ばれた4件が動きはじめると、春から作ってきたカードや手続きが、急に重くなりました。共有フォルダの権限ひとつ付けるのに、変更カードを書いて承認を待つ。メンバーが言いました。「カードを書いている時間のほうが、作業より長いです」。改善のアイデアの一覧は50件を超え、誰も手を付けていない。そこへ営業本部長が来て言いました。「ロボットで、その承認を全部自動にしたらどうだ」

この回で付いた名前

ガバナンスgovernance組織を方向づけ、統制する手段。責任は統治機関。マネジメントより上の層
評価・指示・モニタリングevaluate / direct / monitor状況を見極める/方針を決め責任を割り当てる/方針どおりかを確かめる
ITILバリュー・システムITIL value system機会と需要を価値に変える組織全体の仕組み。5つの構成要素からなる
5つの構成要素guiding principles / governance / value chain / management practices / continual improvement従うべき原則、ガバナンス、バリューチェーン、管理プラクティス、継続的改善
ミッション・ビジョン・パーパスmission / vision / purposeいま何をしているか/将来どうなりたいか/誰のために、なぜ
発見discoverライフサイクル活動の1つ。需要や機会を理解し、何が必要かを見極める。成功は理解の深さで測る

もっと詳しく:ITIL 5 解説ガイド(バリュー・システムの構成要素/ガバナンス/体験・戦略・変革)

CHECK確かめる

Q1. 情シスは、20件それぞれがビジョンにどれだけ効くかを1枚にまとめて出した。それを受けて経営会議が4件を選び、1件ずつ責任者を決めた。経営会議がしたことは、ガバナンスのどの活動にあたるか。

  1. A評価 evaluate
  2. B指示 direct
  3. Cモニタリング monitor
  4. Dマネジメント management
答えを開く

B。方針を決め、責任を割り当てるのが指示です。四半期ごとの報告で方向どおりかを確かめるのがモニタリングで、この2つの入れ替えは定番のひっかけです。Dはガバナンスの活動ではなく、材料を作り、選ばれた4件を実行する情シスの側の仕事です。

Q2. この会社の1年を、ITILバリュー・システムとして見る。20件の要望と社長のビジョンは何にあたり、仕組み全体が最後に生み出すべきものは何か。

  1. A入ってくるのは機会と需要、出てくるのは価値 opportunity and demand → value
  2. B入ってくるのは価値、出てくるのはアウトプット value → output
  3. C入ってくるのはガバナンス、出てくるのはバリューチェーン governance → value chain
  4. D入ってくるのは4つの側面、出てくるのはサービスレベル four dimensions → service level
答えを開く

A。ガバナンスとバリューチェーンは、5つの構成要素(原則・ガバナンス・バリューチェーン・管理プラクティス・継続的改善)の一部です。4つの側面は構成要素ではありません。ITIL 4では、この仕組みを「サービス・バリュー・システム(SVS)」と呼んでいました。