AIは、とうに変わった決まりを、自信たっぷりに答えた。
資源の組み合わせ=product、コストとリスクを抱えずに成果を得られるようにするもの=service。外へ届ける流れ=core、内側で支える流れ=enabling。図にする=mapping、責任者と指標で改善し続ける=management。開発と運用の文化=DevOps、一時的な取り組みの手法=PRINCE2。
AIは、読ませたものの品質を超えられません。
そして、AIを入れることは、AIを統制することではありません。
窓口にAIを置いて、最初に見つかったのは、AIの弱さとは別のものでした。
経営会議が選んだ4件のひとつ、窓口のAI。計画書には「問い合わせの半分を、生成AIが答える」とありました。社内の共有フォルダにある手引きや規程を読ませ、チャットで社員の質問に答えさせる。
試しに動かした初日、経理部の若手がこう聞きました。
若手は、その答えを信じて申請を5,000円に収め、差額を自分で払いました。気づいたのは、経理部長でした。会食の申請が、ちょうど5,000円で止まっているのが引っかかったそうです。
同じ週、もうひとつ見つかったことがあります。情シスのメンバーの一人が、社員の口座の変更依頼の書き方を聞くために、依頼のメールを丸ごとAIのチャットに貼り付けていた。そこには、その社員の口座番号が書いてありました。
「正直に言うと、最初は怖かったです。半分をAIが答えるなら、わたしの仕事は半分になるのかなって。でも、同じ説明を週に何十回もしなくていいなら、それはうれしい。わたしがやりたいのは、本当に困っている人の話を聞くほうなので」
見えていたもの:自分の仕事の行き先「AIが間違えるのは、仕方ないと思います。困るのは、間違っているのに、ちゃんとした言い方で答えることです。人なら『たぶん』と言うところを、AIは言い切る。それと、間違えたとき、誰の責任なのかが分からない」
見えていたもの:言い切る答えと、責任の行き場「ツールを入れたから安全、ではないんです。口座番号を貼った件は、使い方の決まりがなかったから起きた。ベンダーの覚書のときと同じで、預けるなら、何を預けていいかを先に決めてほしい」
見えていたもの:預けてはいけないもの3つの席の言い分は、AIの話に見えて、AIの話ではありませんでした。うしろを見ます。
子は人ではなく、席につく。言葉がきつくなるのは、うしろの子が何かを怖がっているとき。6体の紹介は地図に
「間違っているのに、ちゃんとした言い方で答える。それが困るんです」
怖いのはどの答えが正しいのか見分けがつかないまま、部下がそれを信じて動くこと
「ツールを入れたから安全、ではないんです」
怖いのは何を預けてはいけないかが決まっていないまま、便利なものが先に広がること
「半分をAIが答えるなら、わたしの仕事は半分になるのかなって」
怖いのはAIが来て、窓口の自分の席がなくなること
せきのこ ── 席のうしろの、小さな子たち
立て直しの前に、リーダーはチームで言葉をそろえました。窓口で「自動で動いているもの」には、性質の違う3種類が混ざっていたからです。
計画書の「半分をAIが答える」は、この3つを区別していませんでした。リーダーは、試験運用の範囲を、生成AIによる「答えの下書き」と「カードにある答えの案内」に絞りました。エージェント型AIは、カードの条件がはっきりしている「決まった権限の付与」だけに、範囲を限って試すことにした。
リーダーが共有フォルダを開くと、AIが読んだ「経費精算の手引き_v2.pdf」が、3年前の日付のまま残っていました。新しい手引きは、別のフォルダの奥にある。どちらが今の正しいものか、どこにも書いていませんでした。
AIは、間違えたわけではありません。読ませたものどおりに答えたのです。第4話の「3年前のサーバー一覧」と、まったく同じ形です。
人は、古い手引きを見ると「これ、古くないか」と疑います。日付を見たり、隣の人に聞いたりする。AIは、疑わない。読ませたものを、同じ重さで信じて、同じ自信で答える。
だから、AIを入れるときに一番効くのは、AIの性能ではありません。AIに読ませるものを、どれだけ正しく、新しく保てるかです。そして、この会社には、それがすでに半分できていました。第1話のお願いカード、第2話の既知のエラーのカード、第4話の台帳。1年かけて書き足してきた「何に基づいて」が、そのままAIに読ませる正本になる。
リーダーは、窓口のAIを3つの層で組み直しました。
あわせて、使い方の決まりも作りました。個人情報や口座番号は、AIのチャットに入れない。AIが答えてよいのは、カードのあるお願いと、既知のエラーだけ。
決まりを書き上げたとき、総務の担当者が言いました。「これは、情シスと総務で決めて終わりにしないほうがいいです。経営会議に出して、四半期ごとに守られているかを見てもらう。20件を選んだときと同じガバナンスの流れに、AIも乗せましょう」
AI governanceは、AIを責任をもって、倫理的に、統制のもとで使うための方針・役割・責任・管理策の枠組み。AIのツールを導入しただけではガバナンスにならない。human oversightは、任せきりにせず人が適切に見張り、関わること。データの品質とプライバシーがAIガバナンスの土台になる。responsible AIは、透明性・説明責任・倫理的な利用を重んじる考え方。
古い手引きを読ませない(データの品質)、口座番号を入れない(プライバシー)、お金と例外は人が決める(人による監督)、決まりを経営会議が確かめる(ガバナンス)。
経理部長の「間違えたとき、誰の責任か分からない」に答えるために、リーダーは、窓口のAIが何をしているのかを、能力ごとに分けて書き出しました。ITIL 5の教材では、AIの能力を6つに分類し、それぞれにリスクと管理策を対応させるAI能力モデル(頭文字から6Cモデルと呼ばれる)が紹介されています。
ただし、このモデルは能力を分類して、リスクに名前を付ける道具です。分類しただけでは、統制にはならない。統制するのは、さっきのAIガバナンスのほうです。
1か月後、AIが下書きを作り、人が確かめてそのまま送れた問い合わせは、全体の38%でした。計画書の「半分」には届かない。でも、間違った答えを送った件は、確かめる人のところで全部止まりました。
経理部長は、その数字を見て言いました。「38%で、かまいません。それより、締めのときと同じようにXLAの行を足してください。AIに聞いた人が、あとで困らなかったか。答えた件数を数えても、差額を自分で払ったうちの若手は出てきませんから」
ヘルプデスク担当の仕事は、減りませんでした。変わりました。AIが「カードがないので答えられません」と返した質問を集めて、新しいカードを書く。古くなったカードを見つけて直す。いまでは、チームでいちばんカードを書いている人です。
「AIの先生みたいなことをしてます」と、本人は少しうれしそうに言いました。
AIの性能は、何も変わっていません。変わったのは、AIに読ませるものと、使い方の決まりと、人の役目です。
怖がっていたことどの答えが正しいのか見分けがつかないまま、部下がそれを信じて動くこと
怖がっていたこと何を預けてはいけないかが決まっていないまま、便利なものが先に広がること
怖がっていたことAIが来て、窓口の自分の席がなくなること
3体目の子を落ち着かせたのは、第2話で名人の子に置いたのと同じしくみでした。しくみは、新しい道具が来るたびに置き直すものです。
番号と分類はITIL 4の並べ方です。ITIL 5の試験で押さえるのは「プラクティス=資源のまとまり」と2つのグループまで。
せきのこ ── 席のうしろの、小さな子たち
新しい経費の手引きには、持ち主の欄に「経理部」と書き込まれました。書き込んだのは、経理部長です。「最後に確かめた日」の欄にも、その日の日付が入りました。
経営会議が決めた「AIで問い合わせの半分を減らす」は、方向としては正しかった。少ない人数で回すために、AIは大きな助けになる。ただ、AIの力を決めていたのは、AIそのものより、AIに読ませるものと、AIを見張る人のほうでした。
| 人工知能artificial intelligence(AI) | 人の知能が必要な作業をこなす技術。学び、推論できる点で従来の自動化と違う |
| 従来の自動化traditional automation | 決まったルールどおりに動く。学ばない。AIではない |
| 生成AIgenerative AI | 文章・画像・コードなど新しい内容を作る |
| エージェント型AIagentic AI | 決められた目標と範囲の中で、自分で考え、判断し、動く。責任は人に残る |
| AIガバナンスAI governance | AIを責任をもって統制して使うための方針・役割・責任・管理策。導入しただけではガバナンスにならない |
| 人による監督human oversight | 任せきりにせず、人が見張り、関わる |
| AI能力モデル(6C)ITIL AI capability model | AIの能力を6つに分類し、リスクと管理策を対応させる評価の道具。統制するのはガバナンス |
もっと詳しく:ITIL 5 解説ガイド(AI入門/ITILのAIガバナンス)
Q1. 試験運用で、ある仕組みに「お願いカードの条件を満たす共有フォルダの権限は、持ち主の承認を確かめてから自分で付け、記録を残す」という範囲を与えた。この仕組みはどれにあたるか。
C。決められた目標と範囲の中で、自分で判断して処理まで動くのがエージェント型AIです。返事の下書きを作るだけなら生成AI、件名で担当に回すだけの決まったルールなら従来の自動化(AIではない)です。AIの領域は、ITIL 5で新しく試験範囲に入りました。
Q2. 窓口のAIについて、古い手引きは読ませない、口座番号はチャットに入れない、お金と例外の判断は人が決める、と決めた。決まりは経営会議に出し、四半期ごとに守られているかを確かめてもらう。これをもっともよく表すのはどれか。
A。AIを責任をもって使うための方針・役割・責任・管理策の枠組みがAIガバナンスです。6Cモデルは能力を分類する評価の道具で、統制するのはガバナンスのほう。ツールを入れただけでは、ガバナンスになりません。