目次

誰も使わない
新しい仕組み

説明会も開いた。手引きも配った。それでも工場では、画面を印刷した紙に判子が押されていた。

票番号10-017
報告者管理本部
件名第二工場の電子申請の利用率が上がらない
状態調査中
前回の名前、思い出せますか?(開くと答え)

外から来て動かせない要因の6分類=PESTLE。サービスはコストもリスクも「減らし」て「課す」。リスクはなくさず最適化する。手に入れる活動=acquire(物差しは手に入れたものの品質)。

FIRST「変化を嫌う現場」は、どこにもなかった

使われない仕組みは、たいてい、
使う人の大事なものを、黙って取り上げています。

新しい仕組みが使われないとき、まず浮かぶのは「現場が変化を嫌がっている」という説明です。言う側の誰も困らない、便利な説明でもあります。

SCENE1か月後の利用率

第6話で選んだ申請の電子化サービスが、10月に動き始めました。本社で説明会を2回開き、手引きを全員に配った。1か月後、電子で出された申請の割合を、拠点ごとに数えてみました。

本社72%
営業所55%
北関東第一工場31%
第二工場6%
図1 電子で出された申請の割合。第二工場だけ、ほとんど使われていない。

営業本部長は言いました。「工場は昔から変化を嫌うからな」。情シス課長も、第3話の「止めるな、変えるな」を思い出してうなずいた。

リーダーは、うなずけませんでした。第3話の工場長は、変更カードの「戻し方」の欄を読んで、了承した人です。会議のあと、リーダーは課長に言いました。「現状からはじめるを、もう一回やらせてください。6%の現場に、自分で行って見てきます」

GEMBA工場の事務所で見たもの

第二工場の事務所で見たもの
  • パートさんを入れて40人の現場に、事務所のPCは2台。申請のために、休憩時間に列ができる
  • 工場長は一日のほとんどをライン(製造の現場)で過ごす。PCの前に座るのは、ほぼ月末だけ
  • 事務の担当者が申請の画面を印刷し、工場長にラインで判子をもらい、そのあと工場長のIDで「承認」を押している
  • 工場長は判子を押すとき、申請した人を呼んで、顔を見て一言ずつ話していた
図2 電子の申請は、紙を一回通ってから電子に戻っていた。そして、本来の承認者でない人が承認ボタンを押していた。

システムの記録では、第二工場の承認は、どれも工場長が押したことになっていました。数字の上では、少ないだけで、おかしなところはひとつもない。リーダーたちが作った手引きには、40人にPC2台の事務所のことは、1行も書いていませんでした。

ラインの脇の机で、工場長は白い衛生帽をかぶったまま判子を押していました。申請した人が来るたびに、手を止めて顔を上げる。

リーダーは、工場長に聞きました。「判子のとき、なぜ本人を呼ぶんですか」

工場長は、少し意外そうな顔をしました。「休みの申請だろう。誰がいつ休むかで、ラインの人の割り振りが変わる。顔を見て、この日は誰で埋めるかをその場で決めてるんだ。画面のボタンじゃ、それができない」

読み解き

工場長にとって「承認」は、書類に許可を出すことではありませんでした。ラインの人の割り振りを決める場だったんです。紙の判子は、その場を作るための道具でした。

電子化は、判子と一緒に、その場まで取り上げてしまった。新しい仕組みのどこを探しても、工場長がいちばん大事にしている仕事の置き場所はありませんでした。

事務所を出るとき、工場の事務の担当者が、印刷した申請の束をそろえながら言いました。「本社の人は、画面ができたら終わりだと思ってるでしょう。うちで回るかどうかは、うちの使い方しだいなんですけどね」

リーダーはうなずきました。「価値の共創ですね。こっちが用意して、そちらが使って、やっと価値になる。ここでは、使う手前で止まっていました」。PC2台の前にできる、あの列です。

使える形かどうかは、使う人の現場でしか確かめられない。

BEHIND判子が消えた日、工場の子は場をなくした

うしろを見る

事務所の2台のPCと、ラインで押される判子。見てきたものの裏に、2体の子がいました。

子は人ではなく、席につく。言葉がきつくなるのは、うしろの子が何かを怖がっているとき。6体の紹介は地図に

工場
工場長

「画面のボタンじゃ、それができない」

ぽつん面子

怖いのは判子と一緒に、ラインの割り振りを決める場まで取り上げられること

工場
工場の事務の担当者

「画面を印刷して、ラインで判子をもらって、そのあと工場長のIDで押しています」

もやすけ未翻訳

怖いのは40人にPC2台の現場で、本社向けの手引きをどう使えばいいのか分からないまま回すこと

せきのこ ── 席のうしろの、小さな子たち

FOUR技術の側面だけが、背が高かった

リーダーは、第4話の4つの側面で、今回の導入を振り返ってみました。どこに力を入れて、どこを置き去りにしたか。

information and technology情報と技術製品の選定、設定、アカウント、データの移行。ここに一番時間をかけた
partners and suppliersパートナーとサプライヤー覚書、契約、導入の支援。第6話で手厚くやった
organizations and people組織と人材説明会は本社だけ。工場の承認の役割や、代わりに押す人の決まりはなし
value streams and processesバリューストリームとプロセス紙の流れをそのまま画面に移しただけ。工場の割り振りの流れは見ていない
図3 4つの側面のうち、2つだけが背が高かった。使われなかったのは、低い2つの側からだった。

4つの側面は、どれか1つが優れていても、ほかが弱ければ全体はうまくいかない。第4話ではサーバーを止めるときにこれを学びました。今回は、新しいものを入れるときに、同じ穴に落ちていた。

PRINCIPLE3つの原則が、同じことを言っていた

第1話で、ITILの従うべき原則のひとつ「現状からはじめる」が出てきました。原則は全部で7つあり、どんな状況にも当てはまる推奨として、組み合わせて使います。今回の失敗と立て直しには、そのうち3つがそのまま当てはまりました。

価値に着目する

Focus on value価値は、提供する側の都合ではなく、使う人の視点で決める。工場長の価値は「ラインの人が足りるか」だった

現状からはじめる

Start where you are作り直す前に、現場で直接見て測る。事務所のPC2台と、ラインで押される判子を見た

協働し、可視性を高める

Collaborate and promote visibility適切な人を巻き込み、進み具合を見えるようにする。工場の事務の担当者を作り直しに入れ、拠点ごとの利用率を全員に見せた
図4 7つの原則のうち、この回で効いた3つ。3つとも、同じ事務所を指していた。
従うべき原則(その1)
guiding principles: focus on value / start where you are / collaborate and promote visibility

どんな状況にも当てはまる、判断と行動のための推奨。全部で7つあり、組み合わせて使う。価値に着目する:すべての活動を関係者の価値につなげ、価値は利用者の視点で定義する。現状からはじめる:作り直す前に、現場を直接見て測り、使えるものは使う。協働し、可視性を高める:適切な人を巻き込み、仕事の進み具合と影響を見えるようにする。

工場長の「割り振りを決める場」を価値として扱い、事務所に行って見て、工場の事務の担当者と一緒に作り直した。

REDO工場と一緒に、作り直す

リーダーは、工場の事務の担当者と2人で、休みの申請の流れを作り直しました。

工場長は、相変わらずPCの前には座らない。そこで、ラインの事務所の壁に、来週の休みの申請と、ラインごとの人の数を並べた画面を1枚、映すことにした。工場長は、その前で本人と話して、割り振りを決める。決まった内容は、事務の担当者が「代理で承認する人」として、正式に登録したうえで押す。

経費の申請は先に電子に寄せ、休みの申請は3か月だけ紙と並べて走らせることにしました。

2か月後、第二工場の電子申請の割合は6%から41%になりました。本社の72%には届かない。でも工場長は、壁の画面の前で「これは前より楽だな。誰が空いてるか一目で分かる」と言ったそうです。

RELIEF壁の画面が、割り振りの場を取り戻した

しくみを置く

壁の画面が1枚と、代理で承認する人の登録。足したものは小さいのに、2体の子は大きく変わりました。

工場長のうしろのぽつん

怖がっていたこと判子と一緒に、ラインの割り振りを決める場まで取り上げられること

No.7|ITIL 4の分類:一般管理
組織変更の管理
Organizational change management
目的
変化の「人の側面」を扱い、組織の変更を円滑に成功させ、効果を長続きさせる
この話では
変化の人の側を扱った。工場長にとって大事な場を新しいしくみの中に置き直し、休みの申請は3か月だけ紙と並べて走らせた
ほっとしたのは
壁の画面の前で、本人と話して割り振りを決める場が戻ったこと
工場の事務の担当者のうしろのもやすけ

怖がっていたこと40人にPC2台の現場で、本社向けの手引きをどう使えばいいのか分からないまま回すこと

No.27|ITIL 4の分類:サービス管理
サービスデザイン
Service design
目的
目的に適い、使用に適い、実際に提供できる製品とサービスを、人や接点まで含めて設計する
この話では
使う人と接点(壁の画面・代理の承認)まで含めて、申請の流れを工場の事務の担当者と設計し直した
ほっとしたのは
工場の流れから一緒に作り直した、壁の画面と「代理で承認する人」の登録

変化の人の側を扱うしくみと、人や接点まで含めて設計するしくみ。どちらも、技術の側面だけ背が高かった導入に、足りなかった側を足すものでした。

番号と分類はITIL 4の並べ方です。ITIL 5の試験で押さえるのは「プラクティス=資源のまとまり」と2つのグループまで。

せきのこ ── 席のうしろの、小さな子たち

SHIFT正解が、入れ替わる

いまも工場長は、申請した本人と顔を合わせて割り振りを決めています。6%だった頃と、やっていることは変わりません。変わったのは、手元の判子が壁の画面に替わったことくらいです。説明会を開いて手引きを配るやり方は、本社では72%まで届きました。つまずいたのは、そのやり方を、工場という違う現場にそのまま持ち込んだところでした。

この回で入れ替わった正解
正解
今まで仕組みを入れて、説明会をすれば使われる
→
これから使う人の現場で、使われる形に一緒に作り直す
完了
今まで稼働したら終わり
→
これから使われて、相手の側に価値が出たら終わり
価値観
今まで使われないのは、現場が変化を嫌うから
→
これから使われないのは、仕組みが現場の大事なものを外している合図
ITILの言葉
今まで情報と技術の側面に力を集める
→
これから4つの側面の釣り合いを見る。価値の共創には使う側の活動が要る。価値に着目し、現状からはじめ、協働して見えるようにする

メンバーの仕事で変わること

  • 入れる前に、いちばん遠い現場に一度行く
  • 利用率を拠点ごとに出して、全員に見せる
  • 使われていない現場の人を、作り直しに招く

その代わりに手に入るもの

  • 入れたあとで「使えない」と言われ続けずに済む
  • 現場の人が、仕組みを自分のものとして守ってくれる
  • 「なぜ使わないのか」を責める会議がなくなる
残った問い 11月、来年度の予算の季節が来ました。社長は年初のあいさつで言っていた「DXを進めろ」を繰り返し、各部から情シスへの要望が集まりはじめます。営業から、工場から、総務から、経理から。届き方は、やっぱり個人あてのチャットでした。数えると20件。情シスの手で来年できるのは、せいぜい4つです。

この回で付いた名前

従うべき原則guiding principlesどんな状況にも当てはまる推奨。7つあり、組み合わせて使う
価値に着目するfocus on valueすべての活動を関係者の価値につなげる。価値は利用者の視点で定義する
現状からはじめるstart where you are(再登場)現場を直接見て測り、使えるものは使う
協働し、可視性を高めるcollaborate and promote visibility適切な人を巻き込み、部署を越えて協力し、仕事と影響を見えるようにする
価値の共創value co-creation(再登場)提供する側の用意と、受け取る側の活動がそろって価値が生まれる
4つの側面four dimensions(再登場)どれか1つが優れていても、ほかが弱ければうまくいかない

もっと詳しく:ITIL 5 解説ガイド(従うべき原則/4つの側面/価値の共創)

CHECK確かめる

Q1. 第二工場の利用率は6%。営業本部長は「工場は変化を嫌う」と言った。リーダーは結論を出す前に工場へ行き、事務所のPCの台数と、判子が押される場所を自分の目で見た。どの原則にもっとも近いか。

  1. A価値に着目する focus on value
  2. B現状からはじめる start where you are
  3. C最適化し、自動化する optimize and automate
  4. D協働し、可視性を高める collaborate and promote visibility
答えを開く

B。報告や思い込みで済ませず、仕事が行われている場所で直接見て測るのが「現状からはじめる」です。Dは、工場の事務の担当者を作り直しに招いた場面にあたります。7つの原則の名前と中身は、ITIL 4から変わっていません。

Q2. 導入を振り返ると、製品の選定や契約には時間をかけたのに、工場で誰が承認するかや、休みの申請が割り振りにつながる流れは、誰も見ていなかった。この偏りに気づくための、ITILの見方はどれか。

  1. A4つの側面 four dimensions of product and service management
  2. B価値の4つの特性 utility / warranty / UX / sustainability
  3. C外部要因の6分類 PESTLE
  4. Dサービス・オファリングの3つの構成要素 goods / access to resources / service actions
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A。製品と契約は「情報と技術」「パートナーとサプライヤー」、置き去りにしたのは「組織と人材」「バリューストリームとプロセス」です。どれか1つが優れていても、ほかが弱ければ全体はうまくいきません。ITIL 4では「サービスマネジメントの4つの側面」と呼んでいました。