説明会も開いた。手引きも配った。それでも工場では、画面を印刷した紙に判子が押されていた。
外から来て動かせない要因の6分類=PESTLE。サービスはコストもリスクも「減らし」て「課す」。リスクはなくさず最適化する。手に入れる活動=acquire(物差しは手に入れたものの品質)。
使われない仕組みは、たいてい、
使う人の大事なものを、黙って取り上げています。
新しい仕組みが使われないとき、まず浮かぶのは「現場が変化を嫌がっている」という説明です。言う側の誰も困らない、便利な説明でもあります。
第6話で選んだ申請の電子化サービスが、10月に動き始めました。本社で説明会を2回開き、手引きを全員に配った。1か月後、電子で出された申請の割合を、拠点ごとに数えてみました。
営業本部長は言いました。「工場は昔から変化を嫌うからな」。情シス課長も、第3話の「止めるな、変えるな」を思い出してうなずいた。
リーダーは、うなずけませんでした。第3話の工場長は、変更カードの「戻し方」の欄を読んで、了承した人です。会議のあと、リーダーは課長に言いました。「現状からはじめるを、もう一回やらせてください。6%の現場に、自分で行って見てきます」
システムの記録では、第二工場の承認は、どれも工場長が押したことになっていました。数字の上では、少ないだけで、おかしなところはひとつもない。リーダーたちが作った手引きには、40人にPC2台の事務所のことは、1行も書いていませんでした。
ラインの脇の机で、工場長は白い衛生帽をかぶったまま判子を押していました。申請した人が来るたびに、手を止めて顔を上げる。
リーダーは、工場長に聞きました。「判子のとき、なぜ本人を呼ぶんですか」
工場長は、少し意外そうな顔をしました。「休みの申請だろう。誰がいつ休むかで、ラインの人の割り振りが変わる。顔を見て、この日は誰で埋めるかをその場で決めてるんだ。画面のボタンじゃ、それができない」
工場長にとって「承認」は、書類に許可を出すことではありませんでした。ラインの人の割り振りを決める場だったんです。紙の判子は、その場を作るための道具でした。
電子化は、判子と一緒に、その場まで取り上げてしまった。新しい仕組みのどこを探しても、工場長がいちばん大事にしている仕事の置き場所はありませんでした。
事務所を出るとき、工場の事務の担当者が、印刷した申請の束をそろえながら言いました。「本社の人は、画面ができたら終わりだと思ってるでしょう。うちで回るかどうかは、うちの使い方しだいなんですけどね」
リーダーはうなずきました。「価値の共創ですね。こっちが用意して、そちらが使って、やっと価値になる。ここでは、使う手前で止まっていました」。PC2台の前にできる、あの列です。
使える形かどうかは、使う人の現場でしか確かめられない。
事務所の2台のPCと、ラインで押される判子。見てきたものの裏に、2体の子がいました。
子は人ではなく、席につく。言葉がきつくなるのは、うしろの子が何かを怖がっているとき。6体の紹介は地図に
「画面のボタンじゃ、それができない」
怖いのは判子と一緒に、ラインの割り振りを決める場まで取り上げられること
「画面を印刷して、ラインで判子をもらって、そのあと工場長のIDで押しています」
怖いのは40人にPC2台の現場で、本社向けの手引きをどう使えばいいのか分からないまま回すこと
せきのこ ── 席のうしろの、小さな子たち
リーダーは、第4話の4つの側面で、今回の導入を振り返ってみました。どこに力を入れて、どこを置き去りにしたか。
4つの側面は、どれか1つが優れていても、ほかが弱ければ全体はうまくいかない。第4話ではサーバーを止めるときにこれを学びました。今回は、新しいものを入れるときに、同じ穴に落ちていた。
第1話で、ITILの従うべき原則のひとつ「現状からはじめる」が出てきました。原則は全部で7つあり、どんな状況にも当てはまる推奨として、組み合わせて使います。今回の失敗と立て直しには、そのうち3つがそのまま当てはまりました。
どんな状況にも当てはまる、判断と行動のための推奨。全部で7つあり、組み合わせて使う。価値に着目する:すべての活動を関係者の価値につなげ、価値は利用者の視点で定義する。現状からはじめる:作り直す前に、現場を直接見て測り、使えるものは使う。協働し、可視性を高める:適切な人を巻き込み、仕事の進み具合と影響を見えるようにする。
工場長の「割り振りを決める場」を価値として扱い、事務所に行って見て、工場の事務の担当者と一緒に作り直した。
リーダーは、工場の事務の担当者と2人で、休みの申請の流れを作り直しました。
工場長は、相変わらずPCの前には座らない。そこで、ラインの事務所の壁に、来週の休みの申請と、ラインごとの人の数を並べた画面を1枚、映すことにした。工場長は、その前で本人と話して、割り振りを決める。決まった内容は、事務の担当者が「代理で承認する人」として、正式に登録したうえで押す。
経費の申請は先に電子に寄せ、休みの申請は3か月だけ紙と並べて走らせることにしました。
2か月後、第二工場の電子申請の割合は6%から41%になりました。本社の72%には届かない。でも工場長は、壁の画面の前で「これは前より楽だな。誰が空いてるか一目で分かる」と言ったそうです。
壁の画面が1枚と、代理で承認する人の登録。足したものは小さいのに、2体の子は大きく変わりました。
怖がっていたこと判子と一緒に、ラインの割り振りを決める場まで取り上げられること
怖がっていたこと40人にPC2台の現場で、本社向けの手引きをどう使えばいいのか分からないまま回すこと
変化の人の側を扱うしくみと、人や接点まで含めて設計するしくみ。どちらも、技術の側面だけ背が高かった導入に、足りなかった側を足すものでした。
番号と分類はITIL 4の並べ方です。ITIL 5の試験で押さえるのは「プラクティス=資源のまとまり」と2つのグループまで。
せきのこ ── 席のうしろの、小さな子たち
いまも工場長は、申請した本人と顔を合わせて割り振りを決めています。6%だった頃と、やっていることは変わりません。変わったのは、手元の判子が壁の画面に替わったことくらいです。説明会を開いて手引きを配るやり方は、本社では72%まで届きました。つまずいたのは、そのやり方を、工場という違う現場にそのまま持ち込んだところでした。
| 従うべき原則guiding principles | どんな状況にも当てはまる推奨。7つあり、組み合わせて使う |
| 価値に着目するfocus on value | すべての活動を関係者の価値につなげる。価値は利用者の視点で定義する |
| 現状からはじめるstart where you are | (再登場)現場を直接見て測り、使えるものは使う |
| 協働し、可視性を高めるcollaborate and promote visibility | 適切な人を巻き込み、部署を越えて協力し、仕事と影響を見えるようにする |
| 価値の共創value co-creation | (再登場)提供する側の用意と、受け取る側の活動がそろって価値が生まれる |
| 4つの側面four dimensions | (再登場)どれか1つが優れていても、ほかが弱ければうまくいかない |
もっと詳しく:ITIL 5 解説ガイド(従うべき原則/4つの側面/価値の共創)
Q1. 第二工場の利用率は6%。営業本部長は「工場は変化を嫌う」と言った。リーダーは結論を出す前に工場へ行き、事務所のPCの台数と、判子が押される場所を自分の目で見た。どの原則にもっとも近いか。
B。報告や思い込みで済ませず、仕事が行われている場所で直接見て測るのが「現状からはじめる」です。Dは、工場の事務の担当者を作り直しに招いた場面にあたります。7つの原則の名前と中身は、ITIL 4から変わっていません。
Q2. 導入を振り返ると、製品の選定や契約には時間をかけたのに、工場で誰が承認するかや、休みの申請が割り振りにつながる流れは、誰も見ていなかった。この偏りに気づくための、ITILの見方はどれか。
A。製品と契約は「情報と技術」「パートナーとサプライヤー」、置き去りにしたのは「組織と人材」「バリューストリームとプロセス」です。どれか1つが優れていても、ほかが弱ければ全体はうまくいきません。ITIL 4では「サービスマネジメントの4つの側面」と呼んでいました。