目次

覚書を返してきた
ベンダー

使いやすくて、安い。いちばん良い候補が、こちらの約束だけは断ってきた。

票番号09-002
報告者管理本部
件名申請の電子化サービスの選定
状態調査中
前回の名前、思い出せますか?(開くと答え)

文書の取り決め=SLA、測った値=service level、体験を目標にする合意=XLA。価値の4つの特性=utility・warranty・UX・sustainability。1つのプロダクトの体験=UX、関係全体=CX。関係の深さ=basic → cooperative → collaborative。

FIRST全員が選んだ候補を、選ばなかった理由

安さと、融通の利かなさは、
たいてい同じところから来ています。

SCENE3つの候補

管理本部長の宿題を受けて、リーダーは申請の電子化サービスの候補を3つに絞りました。経費精算、稟議、休暇の申請までを、紙からクラウドに移す。

候補A

画面の使いやすさとても良い
月額費用いちばん安い
導入の手間小さい
個人情報の覚書締結できない

候補B

画面の使いやすさふつう
月額費用Aの1.4倍
導入の手間中くらい
個人情報の覚書締結できる

候補C

画面の使いやすさ古い
月額費用Aの2倍
導入の手間大きい
個人情報の覚書締結できる
図1 経理の担当者に3つを触ってもらうと、全員がAを選んだ。第5話の「迷わず入力できるか」でも、Aが飛び抜けていた。

この会社には、社員の個人情報を外の会社に預けるときのルールがあります。相手にチェックシートを書いてもらい、個人情報の取り扱いについての覚書を結ぶ。数年前、取引先で委託先からの情報漏えいがあり、それをきっかけに作られたルールです。

候補Aに覚書の案を送ると、こう返ってきました。

個人情報の取り扱いに関する覚書(案)
第4条 受託者は、委託者の求めに応じて、個人情報の保管場所および管理状況を報告するものとする。
第7条 受託者は、再委託を行う場合、事前に委託者の書面による承諾を得るものとする。 当社は、すべてのお客様に共通の利用規約とセキュリティの説明書で対応しております。お客様ごとの個別の覚書は締結しておりません。
図2 署名されずに戻ってきた覚書。大事な2つの条文に、線が引かれていた。

線が引かれたのは、保管場所の報告と、再委託の事前承諾。どちらも、総務のルールがいちばん守りたい2行です。経理の担当者たちは、まだAに決まるものだと思っていました。

WITNESSそれぞれの言い分

営業本部長

「ほかの会社は普通に使っているサービスでしょう。うちのルールが厳しすぎるんじゃないか。せっかく現場が気に入っているのに、紙のままでいろと言うのか」

見えていたもの:現場の使いやすさと、他社の様子
総務の担当者(ルールの持ち主)

「ルールは、事故が起きてから作ったものです。例外を一度認めると、次からは全部が例外になります。覚書を結べない会社に、社員の住所や口座を預けるのは賛成できません」

見えていたもの:過去の事故と、例外が広がる怖さ
候補Aの営業

「お客様ごとに条文を変えていたら、この値段では出せません。そのかわり、どのお客様にも同じ水準のセキュリティをご用意して、第三者の認証も取っています。中身は公開しておりますので、見ていただければ分かります」

見えていたもの:全員に同じものを出す商売の形
読み解き

3人の誰も間違っていません。そして、いちばん大事なことを言っているのは、候補Aの営業です。

安いのは、全部の客に同じものを出しているから。個別の覚書を断るのも、全部の客に同じものを出しているから。安さと融通の利かなさは、同じ一枚のコインの表と裏です。Aの使いやすさと値段だけを受け取って、覚書だけは個別に結んでもらう、という選び方は、最初からありませんでした。

だから、問うべきことが変わります。「コインごと受け取るか、受け取らないか」です。

BEHIND売り込みに来た席のうしろにも、子はいた

うしろを見る

総務の担当者と、候補Aの営業。断る側と断られる側の、どちらのうしろにも子がいます。会社の外の席でも、子は席につきます。

子は人ではなく、席につく。言葉がきつくなるのは、うしろの子が何かを怖がっているとき。6体の紹介は地図に

本社
総務の担当者

「例外を一度認めると、次からは全部が例外になります」

くうらん懸念

怖いのは預けた先で事故が起きたとき、確かめていなかった場所が自分の持ち場だったこと

社外
候補Aの営業

「お客様ごとに条文を変えていたら、この値段では出せません」

わくもり予算・枠

怖いのは一社ごとの約束を引き受けて、値段の枠が崩れること

せきのこ ── 席のうしろの、小さな子たち

OUTSIDEルールは、会社の外から来ている

営業本部長は「うちのルールが厳しすぎるんじゃないか」と言いました。けれど、総務の担当者が守っているルールは、もとをたどると、個人情報の保護についての法律や、取引先との約束につながっています。会社の外から来て、自分たちでは動かせない要因です。

ITIL 5は、組織が自分で形を決められるもの(第4話の4つの側面)を内部要因、外から来てほぼ動かせないものを外部要因と呼び分けます。外部要因を見落とさないための6つの分類が、PESTLEです。今回の選定に当てはめると、こうなりました。

政治的Political(今回は大きな影響なし)
経済的Economic円安でクラウドの利用料が上がる見込み
社会的Social紙を減らす取り組みを、取引先から聞かれる
技術的Technological申請のクラウド化が当たり前になってきた
法的Legal個人情報の保護の法律。委託先を監督する責任
環境的Environmental紙の削減。印刷と保管の量
図3 6つの外部要因。今回いちばん重いのは法的な要因だった。
外部要因とPESTLE
external factors / Political, Economic, Social, Technological, Legal, Environmental

組織の外から来て、ほぼコントロールできない要因。政治的・経済的・社会的・技術的・法的・環境的の6つに分けて見る。外部要因は、4つの側面すべてに影響する。

個人情報の保護の法律は法的要因。円安による利用料の上昇は経済的要因。紙の削減は環境的要因。

BALANCEサービスは、コストもリスクも「減らし」て「課す」

リーダーは、申請をクラウドに移したときに何が減って、何が増えるかを並べてみました。

減るもの

コスト:紙、印刷、保管庫、郵送、手入力の時間
リスク:紙の紛失、押印のための出社、締めの遅れ

新たに課されるもの

コスト:月額の利用料、乗り換えの手間
リスク:社員の個人情報を外の会社に預けること、その会社への依存、その会社が値上げや終了をしたときの影響
図4 どの候補を選んでも、右側はゼロにならない。違うのは、右側をどこまで見えるようにし、管理できるか。

覚書を結んでも、預けるリスクが消えるわけではありません。結べなくても、相手の公開している中身を読み、足りないところを自分たちで補えるなら、管理はできるかもしれない。ITILは、サービスがコストとリスクを減らす面と、新たに課す面を、いつも両方持つと考えます。リスクは、どこまで負うかを決めて最適化するもの、という扱いです。

コストとリスク
cost / risk

costは活動や資源にかかるお金。riskは、損害を与えたり目標達成を難しくしたりするかもしれない出来事。価値は、得られる成果と、そのために負うコストとリスクを比べて判断する。サービスはコストもリスクも「減らす」面と「課す」面を持ち、リスクはなくすのではなく最適化する。

紙の紛失のリスクは減る。外の会社に預けるリスクは課される。両方を並べて、成果と比べる。

DECIDE決めたこと

リーダーは、総務の担当者と一緒に候補Aの公開資料を読み込みました。分かったのは、Aの共通の約束でも、保管場所の報告は年に一度受けられること。ただし、再委託の事前承諾だけは、どうしても得られないことでした。

資料を閉じて、総務の担当者は言いました。「再委託の承諾が取れない以上、社員の口座情報は預けられません」。ルールの持ち主として、筋の通った判断です。

結論は候補Bになりました。使いやすさはAに劣る。そのぶんは、第5話のXLAの3問を導入初月から回して、画面の分かりにくいところを洗い出し、手引きで補うことにしました。

Bに決まったと伝えると、経理の担当者たちは、しばらく黙っていました。第5話でメールをくれた若手が、「Aの画面、よかったんですけどね」とだけ言った。それでも、なぜAではないのかの説明は、全員が最後まで聞いてくれました。好みの問題ではなく、預ける約束の問題だと分かったからです。

リーダーは、選ぶ順番もひとつ変えました。次からは、デモを見る前に覚書とチェックシートを先に送る。今回は、使いやすさに惚れたあとで約束の壁にぶつかった。順番が逆なら、がっかりする人も出なかった。

ACQUIRE手に入れる活動にも、物差しがある

外の会社からサービスや部品を手に入れることも、8つのライフサイクル活動のひとつです。取得(acquire)と呼び、その成功は手に入れた物品と資源の品質で測ります。

そして、外の会社との関係と契約は、第4話の4つの側面のうちパートナーとサプライヤーの側面そのものです。どこまで自社でやり、どこから外に任せるかを決めることも、ここに入ります。

取得
acquire

ライフサイクル活動の1つ。必要な部品・物品・資源を、社内や供給者から手に入れて割り当てる。成功は、手に入れた物品と資源の品質で測る。組み立てて試すのは構築(build)。

申請の電子化サービスを選んで契約するのが取得。品質には、使いやすさと値段だけでなく、個人情報を預けられる約束も含まれていた。

RELIEF選ぶ前にそろえた条件が、断られた側まで楽にした

しくみを置く

結論は候補Bでした。候補Aの営業の子は、契約を逃したので笑ってはいません。それでも、次からは条件が先に届くと分かって、肩の力を抜きました。

総務の担当者のうしろのくうらん

怖がっていたこと預けた先で事故が起きたとき、確かめていなかった場所が自分の持ち場だったこと

No.2|ITIL 4の分類:一般管理
リスク管理
Risk management
目的
組織がリスクを理解し、うまく扱えるようにする。続くためにも、価値を出すためにも欠かせない
この話では
紙をなくすリスクは減り、外の会社に預けるリスクは増える。両方を並べてから候補を決めた
ほっとしたのは
減るリスクと増えるリスクを並べ、起きやすさと影響で比べてから決めること

体験気がかりを、起きやすさと影響の地図に置いてみる

上の気がかりを1つ選んでから、下のマスを押してください。

影響 小
影響 大
起きやすい
まれ

リスクは、なくすものではなく、理解して扱うもの。電子化で「紙をなくす」は減り、「預けた先の、その先」は増える。両方を同じ地図に並べてから選びます。手を打つのは、右上の「起きやすく、影響が大きい」から。

候補Aの営業のうしろのわくもり

怖がっていたこと一社ごとの約束を引き受けて、値段の枠が崩れること

No.13|ITIL 4の分類:一般管理
サプライヤ管理
Supplier management
目的
外部に頼っている部分の質と切れ目のなさを守り、重要な相手とは協力を深める
この話では
次からは、デモを見る前に覚書とチェックシートを先に送ると決めた。外の会社との条件を、選ぶ前にそろえる
顔を上げたのは
選ぶ前に、覚書とチェックシートが先に届くこと。できない約束は、最初に断れる

リスクを並べる、外の会社との条件を先にそろえる。どちらも「選ぶ前」に置くしくみです。選んだあとで置こうとすると、たいてい誰かの子が怖がったまま契約が進みます。

番号と分類はITIL 4の並べ方です。ITIL 5の試験で押さえるのは「プラクティス=資源のまとまり」と2つのグループまで。

せきのこ ── 席のうしろの、小さな子たち

SHIFT正解が、入れ替わる

候補Bに送った覚書は、線の1本も引かれないまま、署名されて戻ってきました。導入の計画には、初月から使う人にXLAの3問を聞く行も入っています。営業本部長がこだわった現場の使いやすさは、第5話から続く体験の約束として残った。総務の担当者が守った「例外を作らない」は、覚書の条文に残った。社内に、負けた席はありませんでした。

この回で入れ替わった正解
正解
今まで機能と値段で選び、約束はあとで詰める
→
これから預けられる約束を先に確かめ、そのうえで機能と値段を比べる
リスク
今まで覚書を結べばリスクはなくなる
→
これからリスクは減る面と増える面の両方を並べ、最適化する
価値観
今までいちばん良い製品を選ぶ
→
これから一緒に責任を持てる相手を選ぶ
ITILの言葉
今まで外部の要因は「総務の決まり」として扱う
→
これからPESTLEで外部要因を見る。取得(acquire)の品質に約束も含める。パートナーとサプライヤーの側面で考える

メンバーの仕事で変わること

  • 候補を探すとき、覚書とチェックシートを最初に送る
  • コストとリスクを、減るものと増えるものの2列で書く
  • 相手の公開しているセキュリティの資料を読んでから会う

その代わりに手に入るもの

  • 惚れたあとで断られて、現場をがっかりさせずに済む
  • 「なぜその製品なのか」を、好みでなく理由で説明できる
  • 総務と同じ表を見て話せる
残った問い 10月、候補Bの申請サービスが動き始めました。説明会も開き、手引きも配った。ところが1か月たっても、第二工場から電子で出てくる申請は、ほとんどありません。工場の事務所では、画面を印刷した紙に、工場長が判子を押していました。

この回で付いた名前

内部要因と外部要因internal / external factors自分で形を決められるもの(4つの側面)/外から来てほぼ動かせないもの
PESTLEPolitical, Economic, Social, Technological, Legal, Environmental外部要因の6つの分類。データ保護の法律は法的、円安は経済的、排出の目標は環境的
コストcost活動や資源にかかるお金。サービスは減らす面と課す面を持つ
リスクrisk損害や目標の妨げになりうる出来事。ゼロにはせず、最適化する
取得acquireライフサイクル活動の1つ。物品と資源を手に入れて割り当てる。成功は手に入れたものの品質で測る
パートナーとサプライヤーpartners and suppliers(再登場)外部の組織との関係と、それを決める契約・合意

もっと詳しく:ITIL 5 解説ガイド(価値の共創/内部要因と外部要因/8つの活動)

CHECK確かめる

Q1. 申請サービスの選定でいちばん重かったのは、「個人情報の保護の法律と、委託先を監督する責任」だった。PESTLEのどれにあたるか。

  1. A政治的 Political
  2. B経済的 Economic
  3. C法的 Legal
  4. D社会的 Social
答えを開く

C。法律の文言から来るものは法的な要因です。政府の方針や政情なら政治的、円安による利用料の上昇なら経済的です。外部要因は組織の外から来てほぼ動かせず、4つの側面(内部要因)のすべてに影響します。

Q2. 申請をクラウドに移すと、紙の紛失の心配は減る。その代わり、社員の個人情報を外の会社に預けることになる。これを価値の考え方でどう捉えるか。

  1. Aサービスはリスクを減らすだけなので、預けることは考えなくてよい
  2. Bサービスはリスクを減らす面と課す面の両方を持つので、両方を並べて成果と比べ、リスクを最適化する
  3. Cリスクが少しでも課されるなら、導入してはいけない
  4. D覚書を結べば、預けるリスクはなくなる
答えを開く

B。Cのように決めると、紙の紛失のリスクのほうが残り続けます。Dも誤りで、覚書を結んでも預けるリスクは消えません。コストも同じで、紙や保管庫の費用が減る一方、月額の利用料が課されます。外の会社からサービスを手に入れるのはライフサイクル活動の取得(acquire)で、成功は手に入れた物品と資源の品質で測ります。