使いやすくて、安い。いちばん良い候補が、こちらの約束だけは断ってきた。
文書の取り決め=SLA、測った値=service level、体験を目標にする合意=XLA。価値の4つの特性=utility・warranty・UX・sustainability。1つのプロダクトの体験=UX、関係全体=CX。関係の深さ=basic → cooperative → collaborative。
安さと、融通の利かなさは、
たいてい同じところから来ています。
管理本部長の宿題を受けて、リーダーは申請の電子化サービスの候補を3つに絞りました。経費精算、稟議、休暇の申請までを、紙からクラウドに移す。
この会社には、社員の個人情報を外の会社に預けるときのルールがあります。相手にチェックシートを書いてもらい、個人情報の取り扱いについての覚書を結ぶ。数年前、取引先で委託先からの情報漏えいがあり、それをきっかけに作られたルールです。
候補Aに覚書の案を送ると、こう返ってきました。
線が引かれたのは、保管場所の報告と、再委託の事前承諾。どちらも、総務のルールがいちばん守りたい2行です。経理の担当者たちは、まだAに決まるものだと思っていました。
「ほかの会社は普通に使っているサービスでしょう。うちのルールが厳しすぎるんじゃないか。せっかく現場が気に入っているのに、紙のままでいろと言うのか」
見えていたもの:現場の使いやすさと、他社の様子「ルールは、事故が起きてから作ったものです。例外を一度認めると、次からは全部が例外になります。覚書を結べない会社に、社員の住所や口座を預けるのは賛成できません」
見えていたもの:過去の事故と、例外が広がる怖さ「お客様ごとに条文を変えていたら、この値段では出せません。そのかわり、どのお客様にも同じ水準のセキュリティをご用意して、第三者の認証も取っています。中身は公開しておりますので、見ていただければ分かります」
見えていたもの:全員に同じものを出す商売の形3人の誰も間違っていません。そして、いちばん大事なことを言っているのは、候補Aの営業です。
安いのは、全部の客に同じものを出しているから。個別の覚書を断るのも、全部の客に同じものを出しているから。安さと融通の利かなさは、同じ一枚のコインの表と裏です。Aの使いやすさと値段だけを受け取って、覚書だけは個別に結んでもらう、という選び方は、最初からありませんでした。
だから、問うべきことが変わります。「コインごと受け取るか、受け取らないか」です。
総務の担当者と、候補Aの営業。断る側と断られる側の、どちらのうしろにも子がいます。会社の外の席でも、子は席につきます。
子は人ではなく、席につく。言葉がきつくなるのは、うしろの子が何かを怖がっているとき。6体の紹介は地図に
「例外を一度認めると、次からは全部が例外になります」
怖いのは預けた先で事故が起きたとき、確かめていなかった場所が自分の持ち場だったこと
「お客様ごとに条文を変えていたら、この値段では出せません」
怖いのは一社ごとの約束を引き受けて、値段の枠が崩れること
せきのこ ── 席のうしろの、小さな子たち
営業本部長は「うちのルールが厳しすぎるんじゃないか」と言いました。けれど、総務の担当者が守っているルールは、もとをたどると、個人情報の保護についての法律や、取引先との約束につながっています。会社の外から来て、自分たちでは動かせない要因です。
ITIL 5は、組織が自分で形を決められるもの(第4話の4つの側面)を内部要因、外から来てほぼ動かせないものを外部要因と呼び分けます。外部要因を見落とさないための6つの分類が、PESTLEです。今回の選定に当てはめると、こうなりました。
組織の外から来て、ほぼコントロールできない要因。政治的・経済的・社会的・技術的・法的・環境的の6つに分けて見る。外部要因は、4つの側面すべてに影響する。
個人情報の保護の法律は法的要因。円安による利用料の上昇は経済的要因。紙の削減は環境的要因。
リーダーは、申請をクラウドに移したときに何が減って、何が増えるかを並べてみました。
覚書を結んでも、預けるリスクが消えるわけではありません。結べなくても、相手の公開している中身を読み、足りないところを自分たちで補えるなら、管理はできるかもしれない。ITILは、サービスがコストとリスクを減らす面と、新たに課す面を、いつも両方持つと考えます。リスクは、どこまで負うかを決めて最適化するもの、という扱いです。
costは活動や資源にかかるお金。riskは、損害を与えたり目標達成を難しくしたりするかもしれない出来事。価値は、得られる成果と、そのために負うコストとリスクを比べて判断する。サービスはコストもリスクも「減らす」面と「課す」面を持ち、リスクはなくすのではなく最適化する。
紙の紛失のリスクは減る。外の会社に預けるリスクは課される。両方を並べて、成果と比べる。
リーダーは、総務の担当者と一緒に候補Aの公開資料を読み込みました。分かったのは、Aの共通の約束でも、保管場所の報告は年に一度受けられること。ただし、再委託の事前承諾だけは、どうしても得られないことでした。
資料を閉じて、総務の担当者は言いました。「再委託の承諾が取れない以上、社員の口座情報は預けられません」。ルールの持ち主として、筋の通った判断です。
結論は候補Bになりました。使いやすさはAに劣る。そのぶんは、第5話のXLAの3問を導入初月から回して、画面の分かりにくいところを洗い出し、手引きで補うことにしました。
Bに決まったと伝えると、経理の担当者たちは、しばらく黙っていました。第5話でメールをくれた若手が、「Aの画面、よかったんですけどね」とだけ言った。それでも、なぜAではないのかの説明は、全員が最後まで聞いてくれました。好みの問題ではなく、預ける約束の問題だと分かったからです。
リーダーは、選ぶ順番もひとつ変えました。次からは、デモを見る前に覚書とチェックシートを先に送る。今回は、使いやすさに惚れたあとで約束の壁にぶつかった。順番が逆なら、がっかりする人も出なかった。
外の会社からサービスや部品を手に入れることも、8つのライフサイクル活動のひとつです。取得(acquire)と呼び、その成功は手に入れた物品と資源の品質で測ります。
そして、外の会社との関係と契約は、第4話の4つの側面のうちパートナーとサプライヤーの側面そのものです。どこまで自社でやり、どこから外に任せるかを決めることも、ここに入ります。
ライフサイクル活動の1つ。必要な部品・物品・資源を、社内や供給者から手に入れて割り当てる。成功は、手に入れた物品と資源の品質で測る。組み立てて試すのは構築(build)。
申請の電子化サービスを選んで契約するのが取得。品質には、使いやすさと値段だけでなく、個人情報を預けられる約束も含まれていた。
結論は候補Bでした。候補Aの営業の子は、契約を逃したので笑ってはいません。それでも、次からは条件が先に届くと分かって、肩の力を抜きました。
怖がっていたこと預けた先で事故が起きたとき、確かめていなかった場所が自分の持ち場だったこと
上の気がかりを1つ選んでから、下のマスを押してください。
リスクは、なくすものではなく、理解して扱うもの。電子化で「紙をなくす」は減り、「預けた先の、その先」は増える。両方を同じ地図に並べてから選びます。手を打つのは、右上の「起きやすく、影響が大きい」から。
怖がっていたこと一社ごとの約束を引き受けて、値段の枠が崩れること
リスクを並べる、外の会社との条件を先にそろえる。どちらも「選ぶ前」に置くしくみです。選んだあとで置こうとすると、たいてい誰かの子が怖がったまま契約が進みます。
番号と分類はITIL 4の並べ方です。ITIL 5の試験で押さえるのは「プラクティス=資源のまとまり」と2つのグループまで。
せきのこ ── 席のうしろの、小さな子たち
候補Bに送った覚書は、線の1本も引かれないまま、署名されて戻ってきました。導入の計画には、初月から使う人にXLAの3問を聞く行も入っています。営業本部長がこだわった現場の使いやすさは、第5話から続く体験の約束として残った。総務の担当者が守った「例外を作らない」は、覚書の条文に残った。社内に、負けた席はありませんでした。
| 内部要因と外部要因internal / external factors | 自分で形を決められるもの(4つの側面)/外から来てほぼ動かせないもの |
| PESTLEPolitical, Economic, Social, Technological, Legal, Environmental | 外部要因の6つの分類。データ保護の法律は法的、円安は経済的、排出の目標は環境的 |
| コストcost | 活動や資源にかかるお金。サービスは減らす面と課す面を持つ |
| リスクrisk | 損害や目標の妨げになりうる出来事。ゼロにはせず、最適化する |
| 取得acquire | ライフサイクル活動の1つ。物品と資源を手に入れて割り当てる。成功は手に入れたものの品質で測る |
| パートナーとサプライヤーpartners and suppliers | (再登場)外部の組織との関係と、それを決める契約・合意 |
もっと詳しく:ITIL 5 解説ガイド(価値の共創/内部要因と外部要因/8つの活動)
Q1. 申請サービスの選定でいちばん重かったのは、「個人情報の保護の法律と、委託先を監督する責任」だった。PESTLEのどれにあたるか。
C。法律の文言から来るものは法的な要因です。政府の方針や政情なら政治的、円安による利用料の上昇なら経済的です。外部要因は組織の外から来てほぼ動かせず、4つの側面(内部要因)のすべてに影響します。
Q2. 申請をクラウドに移すと、紙の紛失の心配は減る。その代わり、社員の個人情報を外の会社に預けることになる。これを価値の考え方でどう捉えるか。
B。Cのように決めると、紙の紛失のリスクのほうが残り続けます。Dも誤りで、覚書を結んでも預けるリスクは消えません。コストも同じで、紙や保管庫の費用が減る一方、月額の利用料が課されます。外の会社からサービスを手に入れるのはライフサイクル活動の取得(acquire)で、成功は手に入れた物品と資源の品質で測ります。