目次

あなたがいなくても

異動の内示。1年で作ったものを、何にして、誰に渡すのか。

票番号03-020
報告者リーダー
件名引き継ぎ
状態対応中
前回の名前、思い出せますか?(開くと答え)

原因と結果が見えない状況=chaotic、まず安定させる。約束どおり動くか=warranty(可用性・キャパシティ・セキュリティ・継続性)。気候はEnvironmental。大きな被害を出す突然の出来事=disaster。

FIRSTいなくなる人にしか、できない仕事がある

変革は、それが日常になったときに、
はじめて終わります。

シリーズの最初に、地図のページでひとつ問いを置きました。「あなたがいなくても回る情シスは、作れるか」。この章は、その問いにリーダー自身が答える話です。

SCENE何を渡すか

4月から本社の経営企画へ。内示を受けた日、リーダーは新しいファイルを開き、1行目に「引き継ぎ」と打ったところで、手が止まりました。

1年前、自分が引き継いだのは、全部緑の月次報告1枚でした。何に基づいているのかは、どこにも書いていなかった。今度は、自分が渡す側です。

後任は、ヘルプデスク担当に決まりました。春には、記録をつけると聞いて「それって、さぼってないか見るためですか」と硬い顔で聞いた人です。いまはチームでいちばんカードを書いていて、12月には、リーダーに原則の名前で意見もしました。

しばらく考えて、「やっている作業の一覧」を作るのはやめました。作業は、もう窓口とカードと台帳に書いてある。渡すべきなのは、それらがなぜそこにあって、どうつながっているか、のほうです。

SYSTEM1年で作ったものを、5つに分けて渡す

会社が少しずつ組み立ててきたものは、第8話の時点で、ほぼITILバリュー・システムの形になっていました。欠けていたのは「継続的改善」だけ。それも12月に動き出し、いまは5つがそろっています。引き継ぎの資料は、この5つで組み立てることにしました。

従うべき原則guiding principles各話の終わりにまとめた「正解の入れ替え」。チームが迷ったときに、何を大事にするかの拠り所第1・7・9話
ガバナンスgovernance経営会議が評価・指示・モニタリングする流れ。四半期の報告と、AIの使い方の決まりの確認第8・11話
バリューチェーンvalue chain発見からサポートまで8つの活動。注文アプリの流れと、社内向けの流れの図と、それぞれの責任者第1〜3・6・8・10話
管理プラクティスmanagement practices窓口、お願いカード、既知のエラーのカード、変更カード、台帳。人・プロセス・ツール・情報・パートナーの5つがそろった形で第1〜4・11話
継続的改善continual improvement月に一度の見直しの場と、改善の一覧。誰が書いてもよく、毎月必ず誰かが1件動かす第9・12話
図1 引き継ぎ資料の目次。5つの構成要素で組み立てた。
読み解き

この5つは、別々の部品ではありません。原則が判断の向きを決め、ガバナンスが選んで確かめ、バリューチェーンが実際に価値を生み、プラクティスがそのための資源を与え、継続的改善が全体を良くし続ける。どれか1つだけを渡しても、回らない。

1年前に引き継がれた緑の報告書は、この5つのうちの、プラクティスの中のツールの、さらにその一部でした。だから、作った人がいなくなると、形だけが残った。

BAUこの1年の変化は、もう「いつもの仕事」になっている

引き継ぎの打ち合わせで、後任は資料をめくりながら言いました。「これ、ほとんど知ってます。毎日やってることなので」

リーダーは、それがいちばんうれしかったそうです。

異動のあいさつに第二工場へ行くと、工場長は事務所の壁の画面を指さして言いました。「変えるな、と言ったのが1年前か。あれから随分変わったのに、毎日の出荷はいつもどおりだ。通常業務を回したままの変革、ってのは、こういうことなんだろうな」

この1年は、属人化した情シスから、誰がいなくても回る情シスへの、小さな変革でした。それは、毎月の小さな変更(change)を積み重ねて進み、いま、いつもの仕事になっている。

変革が「プロジェクト」のままだと、担当者がいなくなったときに止まります。日常の手順の中に溶けたとき、変革は担当者を必要としなくなる。後任の「毎日やってることなので」は、その合図でした。

EVERYONE改善は、リーダーの仕事ではなかった

最後の月の見直しの場で、改善の一覧に新しい1件が載りました。書いたのは、インフラ担当です。

「工場のサーバー室の非常用電源を、30分から2時間に延ばす。費用の見積もりは添付。経営会議にかける資料も下書きしました。継続的改善の一覧に載せるなら、動かすところまで自分でやります」

春には、自分にしか直せないことが居場所だった人です。「書いて誰でもできるようにしたら、自分がいる意味がなくなる気がした」と打ち明けたその人が、いまは、自分が呼ばれなくて済むための改善を、自分から書いている。

ITILは、継続的改善は全員の責任だとしています。専任の担当者だけの仕事ではない。リーダーがいなくなっても改善の一覧が動き続けるなら、それはもう、チームの仕組みです。

継続的改善と、バリュー・システムの全体
continual improvement / ITIL value system / transformation and BAU

継続的改善は、要求が変わっても、プロダクト・サービス・プラクティスを有効に保ち続けるための、くり返しの活動。バリュー・システムの構成要素の1つで、組織のすべての層に織り込まれ、全員の責任である。バリュー・システムの5つの構成要素は互いに支え合い、機会と需要を価値に変える。変革は、通常業務を止めずに、変更を積み重ねて進む。

インフラ担当が自分で書いた改善の1件。後任の「毎日やってることなので」。この2つが、変革が日常になった証拠。

SEKINOKO子は席に残る。だから、しくみも席に置く

この1年、各話で席のうしろを見てきました。経理部長のうしろのもやすけ。工場長のうしろのはつみみ。名人のうしろのぽつん。

子は人ではなく、席につきます。だから、人が替わっても子はいなくならない。4月からヘルプデスク担当がリーダーの席に座れば、その背中には、リーダーが背負ってきたくうらんがつきます。

それでも、1年の終わりに、子たちは落ち着いています。落ち着かせたのは、誰かの頑張りではありません。席に置いてきたしくみです。窓口、カード、台帳、約束、変更が通る道、AIに読ませる正本。しくみは、置いた人がいなくなっても席に残る。34のプラクティスを、ITILが組織の資源のまとまりとして説明するのは、このためです。

インフラ担当が非常用電源の改善を自分から書いた日、その席のぽつんは、もう丸まっていませんでした。

せきのこ

子は席につく。
だから、しくみも席に置く。

この1年で置いた34のしくみ(話ごと)
話席と子しくみ
序経理部長もやすけ測定および報告No.6 Measurement and reporting
序経理の担当者くうらん可用性管理No.15 Availability management
第1話総務の担当者はつみみサービスデスクNo.28 Service desk
第1話人事の担当もやすけサービス・カタログ管理No.24 Service catalogue management
第1話隣の席のメンバーくうらんサービス要求管理No.30 Service request management
第1話第二工場の事務ぽつんインシデント管理No.19 Incident management
第2話インフラ担当(名人)ぽつん要員およびタレント管理No.14 Workforce and talent management
第2話ヘルプデスク担当はつみみモニタリングおよびイベント管理No.21 Monitoring and event management
第2話経理部長くうらん問題管理No.22 Problem management
第2話管理本部長わくもりキャパシティとパフォーマンス管理No.17 Capacity and performance management
第3話工場長はつみみ変更実現No.18 Change enablement
第3話ベンダーのSEくうらんサービスの妥当性確認およびテストNo.31 Service validation and testing
第3話第二工場の出荷担当あとで展開管理No.32 Deployment management
第4話管理本部長わくもりサービス財務管理No.11 Service financial management
第4話インフラ担当くうらんサービス構成管理No.25 Service configuration management
第4話北関東営業所の事務ぽつんIT資産管理No.20 IT asset management
第4話情シス課長もやすけインフラストラクチャとプラットフォーム管理No.33 Infrastructure and platform management
第5話経理部長(顧客)もやすけサービスレベル管理No.29 Service level management
第5話経理の担当者(ユーザー)ぽつん関係管理No.10 Relationship management
第6話総務の担当者くうらんリスク管理No.2 Risk management
第6話候補Aの営業わくもりサプライヤ管理No.13 Supplier management
第7話工場長ぽつん組織変更の管理No.7 Organizational change management
第7話工場の事務の担当者もやすけサービスデザインNo.27 Service design
第8話情シス課長わくもりポートフォリオ管理No.8 Portfolio management
第8話選ばれなかった部の部長ぽつん事業分析No.16 Business analysis
第8話要望を出す部の部長もやすけ戦略管理No.12 Strategy management
第9話メンバーあとで継続的改善No.3 Continual improvement
第9話リーダーくうらんシンプルにし、実践的にする原則(34には入らない)
第10話営業所の担当者はつみみリリース管理No.23 Release management
第10話情シス(動かす側)くうらんソフトウェア開発と管理No.34 Software development and management
第10話開発チームのリーダーもやすけアーキテクチャ管理No.1 Architecture management
第10話取引先の惣菜店あとでプロジェクト管理No.9 Project management(途中で見つかった子)
第11話経理部長もやすけナレッジ管理No.5 Knowledge management
第11話総務の担当者くうらん情報セキュリティ管理No.4 Information security management
第11話ヘルプデスク担当ぽつん要員およびタレント管理No.14 Workforce and talent management(再登場)
第12話工場長あとでサービス継続性管理No.26 Service continuity management
第12話リンクを押した社員くうらん情報セキュリティ管理No.4 Information security management(再登場)

せきのこ ── 席のうしろの、小さな子たち

リーダーが4月から座る経営企画の席のうしろにも、子がいます。たぶん、「今じゃない」が口ぐせの、あとでです。

YEAR12か月で入れ替わった正解

引き継ぎ資料の最後のページに、リーダーは1年分の「正解の入れ替え」を並べました。

回
今までの正解
これからの正解
序
責められない数字を、手元で揃える
相手の側の結果を、相手と一緒に数える
第1話
頼まれた人が、その場で速く片付ける
入口で受け、合意した手順で応え、記録して終える
第2話
止まったら、名人がすぐ戻す
戻したあとで原因を調べ、誰でも直せるように書く
第3話
小さい変更は、相談せずにすぐやる
止まるものの大きさで測り、確かめ、知らせ、戻し方を決める
第4話
詳しい人が覚えている
誰が見ても分かる台帳に、持ち主と一緒に書いてある
第5話
SLAを守れば約束を果たした
数字と一緒に、使う人の体験も約束し、聞いて確かめる
第6話
機能と値段で選ぶ
一緒に責任を持てる相手を選ぶ
第7話
入れたら終わり
使われて、相手の側に価値が出たら終わり
第8話
声の大きい順にやる
目的に照らして経営が選び、情シスは実行して報告する
第9話
決めた手順を、全部に同じ重さで守る
仕事の性質で、手順の重さを変える
第10話
作って渡す人と、受け取って動かす人
利用者に届くまでの結果を、一緒に持つ
第11話
AIを入れれば楽になる
AIに読ませる正本を整えた分だけ楽になる
第12話
非常時は名人を呼ぶ
名人がいなくても、窓口・カード・台帳で動ける
図2 12か月で入れ替わった正解。左の列は、どれも間違いではなかった。その時の条件では、いちばん合理的な答えだった。

そして、その下に一行だけ書き足しました。「右の列も、いつか左に移る」。

12月に、リーダー自身が春の正解に縛られたように、この表の右側も、条件が変われば古くなります。人が減る、AIが変わる、会社の目的が変わる。そのとき後任のチームがすべきことは、この表を守ることではありません。表を書き換えることです。

ANSWERあなたがいなくても回る情シスは、作れるか

異動の前の日、リーダーは窓口の記録を最後にもう一度だけ開きました。

その日の依頼は38件。共通窓口に届いたのが34件、個人あてのチャットに届いて転記されたのが4件。全部に番号が付いていました。AIが答えて人が確かめたもの、カードどおりに片付いたもの、変更カードを通ったもの。リーダーの名前が出てくる記録は、1件もありませんでした。

答えは、こうです。作れる。ただし、完成はしない。

仕組みは、作った人がいなくなったあとも、書き換えられ続けることで回ります。だから、作った人にできる最後の仕事は、書き換えていいと言い残して、席を立つことです。

ここから先は この物語に出てきた会社は架空です。でも、緑の報告書も、画面の端のメモ帳も、個人チャットの中にしかない障害記録も、どこかの職場には、たぶんあります。そういう職場の1年も、「何に基づいて」をひとつ書き足すところから始められます。

この章で付いた名前(と、1年の総まとめ)

ITILバリュー・システムITIL value system(再登場)機会と需要を価値に変える仕組み。5つの構成要素が支え合う
5つの構成要素guiding principles / governance / value chain / management practices / continual improvement原則・ガバナンス・バリューチェーン・管理プラクティス・継続的改善
継続的改善continual improvement関連性を保つための、くり返しの活動。全員の責任
変革と通常業務transformation / BAU(再登場)変革は、変更を積み重ねて進み、日常になったときに終わる

試験の総まとめ:ITIL 5 解説ガイド(試験の受け方と総まとめ/まぎらわしいペア/数で覚えるもの)|ITIL 5 用語ノート

CHECK確かめる(総まとめ)

Q1. リーダーは、引き継ぎの資料をITILバリュー・システムの構成要素で組み立てた。その目次に、構成要素として入れるべきでないものはどれか。

  1. A従うべき原則 guiding principles
  2. Bガバナンス governance
  3. C4つの側面 four dimensions of product and service management
  4. D継続的改善 continual improvement
答えを開く

C。4つの側面は、すべての活動にかぶせる「見方」で、構成要素ではありません。構成要素は、原則・ガバナンス・バリューチェーン・管理プラクティス・継続的改善の5つ。管理プラクティスは手順書ではなく、人・プロセス・ツール・情報・パートナーといった資源のまとまりです。ITIL 4では、この仕組みを「サービス・バリュー・システム(SVS)」と呼んでいました。

Q2. 後任は引き継ぎの資料を見て「ほとんど知ってます。毎日やってることなので」と言った。インフラ担当は、自分が呼ばれずに済むための改善を、自分から一覧に書いた。この2つの場面の説明として、もっとも適切なのはどれか。

  1. A変革が通常業務(BAU)に溶け込み、継続的改善が全員の責任として回りはじめた
  2. B変革が終わったので、これからは継続的改善も要らない
  3. C継続的改善は専任の担当者の仕事なので、後任のリーダーが一人で引き受けるべきである
  4. D通常業務になった手順は変えてはいけないので、この1年の表を守り続ける
答えを開く

A。変革は、通常業務を止めずに変更を積み重ねて進み、日常になったときに終わります。継続的改善はバリュー・システムの構成要素で、組織のすべての層に織り込まれた全員の責任です。くり返すサイクルなので、終わりはありません。